徒然酒(つれづれざけ)
2005/08/13 No0607
この日はお酒を飲んでいません
■2005/08/13 この日の海は良かったです
バリ五日目
この内容は、バリへの旅 part IIからの転載です。
■08/13 ロンボク、この日はいいダイビングでした 朝ごはんは、バナナ・パンケーキにしました。
美味でした・・・(^^)
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PONDOK MATAHARI BUNGALOW & RESTRANTにて
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ジャワ・ティー
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バナナ・パンケーキ
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撮影データ CONTAX i4R
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ダイビングは、GILI PETAGANです。
この日は、シンバさんが「大きなカメラを持って行ったほうがいいよ」というので、OLYMPUS E-1をもって行くことにしました。また、今日は、バリ島に戻る予定日でもあります・・・。
■ ダイビング No.05 ジリ・ペタガン ソーガ・サツ(サツはインドネシア語で1)
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ダイビング中の光景
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ジリ・ペタガン ソーガサツ
コブシメの子供 <-コブシメの子供… No.218より |
海面休息は、約1時間、砂浜だけの美しい島に寄りました。
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PONDOK MATAHARI BUNGALOW & RESTRANTにて
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2本目も近くのポイントです。
■ ダイビング No.06 ジリ・ペタガン ソーガ・デュア(デュアはインドネシア語で2)
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ダイビング中の光景
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ジリ・ペタガン ソーガ・デュア
私にはとても珍しいマクロ撮影をいたしまた。 <-珍しい種類のタツノオトシゴ… No.219より |
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PONDOK MATAHARI BUNGALOW & RESTRANTにて
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レストランからの光景です
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ナシ・ゴレン スペシャル
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撮影データ CONTAX i4R
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食事後は、バリへ戻る旅です。
実は、この日の朝にこんな話をしていました。
「ねえ、昨日と同じ程度のダイビングなら、しないで、バリに戻るのでかまわないよ」
昨日のダイビングの印象について、あっさりと話しちゃうのは私の性格によるものですが、ロンボクからバリへの移動は時間がかかります。だいたい8時間くらい…時間がかかりすぎると思っていました。バリまで12時間、それから8時間・・・トータルするとメキシコに行けちゃうぐらい時間がかかっています。バリに来る気軽さが感じられません・・・リゾートで遊んでいる感じが少ないんですよねー・・・移動ばかりであると。実は、一昨日に榎本さんにも伝えていました。このままずっとロンボクでもいいですよと・・・。
そのためか、昨日にこの日の移動先はウブドゥにすると連絡があったりしました。特に、今回の予定にはなかったのですが・・・。私が、移動をストレスに思っていたのを感じたのでしょう。
ホテルを出たのは、13:30でした。
この日は、インドネシア独立記念日である「ムルデカ170805」、日本語に約すと、独立、皇紀2605年8月17日です。この独立は、日本からのもので、インドネシア共和国設立宣言の日であり、同時に、オランダ、イギリスがインドネシアに対して宣戦布告したときでもあります。日本の敗戦と同時に、中国や韓国と同様に形の上で戦勝国となったオランダは、日本軍駐留部隊に対して連合国が再占領するまで植民地としてのインドネシアの治安維持と民族運動の阻止を指示、それに激怒した日本により育成されたインドネシア組織や日本軍は激怒、独立宣言とともに独立闘争に入ります。2年後、国際世論の高まりでオランダが独立を承認するまで、激烈な独立闘争が繰り広げられ、2000人の残留した日本兵のうち1000人は戦死し、インドネシアの国営墓地に埋葬されています。日本の戦時統治は、オランダよりも過激なものでしたが、インドネシアで日本がそれほどには憎まれていない背景は、350年間の間を統治したオランダが植民地支配のみを前提に現地文化の壊滅と低水準教育、組織化の阻止をしていたのに対して、日本はインフラ整備や現地語教育を復活させ、現地文化振興、全国組織の確立などを行ったことにありそうです。独立の基盤が作られたのでした。中国に長い間飼いならされた朝鮮と同じような統治が行われたのに、反応が大きく違いますね。中国の行った冊封(さくほう)体制と植民地支配には、大きな違いがあることに原因があります。冊封体制というのは、国家を中国の弟分にするもので、朝鮮皇帝が自分の不倫を、「こ゜めんなさい」と中国皇帝に報告するとか・・・中国皇帝はその返書で関係部署にはかれと答えているんですけど・・・(^^;・・・とても現代の感覚では理解できない、気持ち悪い体制です。つまり、中国と朝鮮は18世紀の水準もになかったということなんですけど・・・。
ちょっと余談でした。
この日は、8/17を記念した行進のコンテストが行われていました。
移動しているときに、いろいろと見れました。フェリーは、当初乗れそうもない状態でしたが、最後の3台の車に入れて助かりました。その中には、患者を移送する救急車もありました・・・移動に10時間もかかる患者移送とは…日本ではもの凄い離島でないと考えられない展開ですけど・・・。
フェリーは、冷房もあるタイプで助かりました。
この船は3時間30分で移動できるのですが、バリ島の桟橋が1隻しか入れないため、バリ島で1時間も待たされました。結局、バリ島に立てたのは、23時過ぎでした。
バリ島へ 行進のコンテスト中です 前にある車が救急車 船内 撮影データ CONTAX i4R
そんなこんなで、移動して、ダイビングのタンクをサービスに戻したら、もう深夜・・・ウブドゥへの移動も無意味なので、トランバンに移動することにしました。
で、食事は、タンクを戻したサービスのあるチャンディ・ダサのToke Cafeにしました。
ホテルに入る時間は、恐らく1:30AMになると思いました。のんびりしたリゾート遊びが好きな私は、こうしたスケジュールの推移は極めて不本意・・・へそを曲げていました・・・(^^)
レストランからの光景です ナシ・ゴレン スペシャル 撮影データ OLYMPUS E-1 + ZUIKO Digital 14-54 F2.8-3.5 左上
撮影データ OLYMPUS E-1 + Carl Zeiss Distagon 35mm F1.4 残り
Rawデータ撮影後OLYMPUS STUDIOカメラ測定のホワイトバランスで現像
この日は移動で疲れたので、明日は午後からのダイビングとしました。