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曇った眼(まなこ)に見えるのは、いつも灰色の世界さ、アリラン、アラリヨ

2005/08/06

日本ー北朝鮮戦で、アリランが歌われた…日本への抵抗歌???

2005/07/31、打ち合わせをしてから、大崎のシャノンズを通りかかり、「本日、日本-北朝鮮戦」と書いてありました。飲みながら、みんなで観戦しませんか・・・という表示です。一緒に歩いている人と、軽口をたたきました。

「ありゃ、また暴動にでもなるんですかねー」
「あはは」

韓国で行われている第2回東アジア選手権のことは知っていました。
まあ、サッカーには興味がないのですけど・・・
韓国人は、北朝鮮よりも日本の方が危険な軍国主義国家だと思っている人が多いので、民族主義的なこの国であれば、暴動まで行かなくても、まあ、日本にとってはアウェーだよね・・・なんて思っていました。まあ、英語の意味で行けば、遠征すればみんなアウェーですけど・・・(^^)
で、この日はみんなで韓国料理を食べていのでした・・・
おいしいかったのでした・・・(^^)v

まあ、半分冗談交じりの話題でしたが、半分は、そうなるかもね・・・と思っていました。今の日本人は、韓国とか中国と聴くと、そう思う人、結構多いと思います。
翌日のニュースを見ていたら、大当たりでした。
日本は北朝鮮に1対0で負けていたのですが、その仕合の内容は、全くのアウェー、韓国の観客はすべて北朝鮮側の応援に回っていのでした。日本にはブイーングの嵐、まあ、国家斉唱の際に、暴動にならないのは、韓国と中国の文化水準の違いなのでしょうが・・・(^^)
率直なところ、

「まあ、そうだろうねー」

と思っていのですが、ニュースの解説がちょっと気になりました。

「韓国の観客はアリランを合唱していました」

私は、アリラン・・・というので、気になったのでした。
アリランという歌は、韓国各地で歌われているものですが、実はアリランという言葉の意味はよくわかっていません。
別に、愛国歌として特徴的なものではないので、なんで歌ったのかな・・・と思い、ちょっと考えたら、ああ、と思いあたるものがありました。
偶然に見ていた、2005/07/25の朝鮮日報にこんな記事があったのを思い出したからです。以下に引用します。

「アリラン」は、大韓帝国期の民衆たちが歌った抵抗歌だったのだろうか。

東学(トンハク)農民革命(のちに抗日運動へと引き継がれた農民の抵抗運動)が起こった1894年当時、仁川(インチョン)で歌われたアリランの歌詞と解説を載せた日本の新聞記事が初公開された。

当時のアリランの歌詞には、「倭人(日本人)にしつこくたかられて、やってられない」という露骨な反日感情が込められていた。
書誌学者キム・ヨンジンさんが日本の国立国会図書館で発見した日本の新聞「郵便報知新聞」1894年5月31日付3面には、「朝鮮の流行歌謡」という見出しでアリランの歌詞と解説が載っていた。
この記事は、印刷の記録としては最も古いもので、これまでは宣教師ホルバートが採譜し1896年2月に発刊した英字雑誌「朝鮮留記」に掲載された英語の楽譜が最も古いものだった。
「仁川・済物浦(ジェムルポ)の暮らし向きは良いが、倭人にしつこくたかられて、やってられない。嗚呼、しつこくてたまらない。お前と2人きりで暮らすなんて、嫌だ 嫌だ。アララン アララン アラリーヨ、アララン アオールソン(“ああ、それっ ”というような掛け声として解説)アラリーヤ」
同紙は、歌詞と一緒に「山間へき地の子どもたちや、入り江の子どもたちまでも口ずさんでいる」とし、「朝鮮人が日本の威力に圧倒されれいるのを恨み、軍国主義の圧政を非難して歌ったもの」と報じた。
今回、アリランの歌詞が発見されたことについて、国樂放送ソ・ジュウォン専門委員は、「日増しに露骨になっていった日本の侵略に対する抵抗が込められている」と話した。

韓国で最大の部数を誇る同誌のこと、アリランを歌ったという韓国の観客たちがこの内容を読んでいたら、アリランを抗日の歌として気持ちを込めてもおかしくはないですよね・・・(^^;


ただ、私がこの記事の事を覚えていのは、理由があります。
この記事が、あまりに不自然なものに感じられていたからです。
だって、当時の日本の新聞がこうしたものを載せた理由がわからなかったからです。
しかも、1894年、明治27年の新聞について

同紙は、歌詞と一緒に「山間へき地の子どもたちや、入り江の子どもたちまでも口ずさんでいる」とし、「朝鮮人が日本の威力に圧倒されれいるのを恨み、軍国主義の圧政を非難して歌ったもの」と報じた。」

と書いてあります。
私は、そんな阿呆な・・・だって、軍国主義ってのは、第二次世界大戦後の概念ですぜ・・・(^^)・・・この時代の日本の新聞にそんな単語が書いてあるものですか・・・(^^;
それに、この記事はどう見ても、私から見ると、意図的に特定の認識にいたるよう、誘導している、イデオロギー記事です。まあ「正しい道だけを歩む(同社ホームページより)」朝鮮日報なので、彼らとしては正しいのでしょうが、郵便報知新聞という日本の新聞の報道として読み取れる記事であるので、あまりに異様でした。
そんなわけで、この記事を覚えていたのですが、サッカーの会場でアリランを歌ったとかいう話題の関係で、あんまり、アリラン、アラリヨな展開な印象をもち、ちょっと調べてみようかと思ったのでした。
なにしろ、引用元は国会図書館の蔵書からですから・・・私は、日本、しかも東京に住んでいるので、国会図書館なんてのは、直ぐそこですもの・・・(^^)
ただ、この記事はへんな印象を与えますよね…なんか、凄い場所みたいな印象を与えるのですが、成人していれば、国会図書館はとてもアクセスが簡単なんです。韓国の人は知らないかもしれないけど、日本の図書館システムは世界でも最先端…日本中の図書館は国会図書館を中心に蔵書のネットワークを構成しています。ですから、蔵書を調べて、見てみるなんて、だれでも、簡単にできちゃいます・・・調べるだけなら24時間いつでも・・・図書館は昼間しかやってませんけどね・・・

「アリラン」は、無能な朝鮮政府を嘆き悲しむ歌として報道されていた

さて、

「(韓国の)書誌学者キム・ヨンジンさんが日本の国立国会図書館で発見した日本の新聞「郵便報知新聞」1894年5月31日付3面には、「朝鮮の流行歌謡」という見出しでアリランの歌詞と解説が載っていた。」

というのは、NDL-OPACという国会図書館の蔵書検索/申し込みシステムを引くと、さらっと、すぐに出てきます・・・発見したのは、記事の記載のことかなー・・・(^^;・・・なんだか、記事を見ていると、書誌学者キム・ヨンジンさんが国会図書館に人知れず眠っていた資料として見つけたみたいなんですけど・・・データベースには初めから登録されているし、しかも復刻版なので、だれもが見ていそうです。発見という話題について、記事の読み違いなんでしょうか・・・(^^???
実際は、書誌学者キム・ヨンジンさんが発見されたものは、郵便報知新聞刊行会編 復刻版で、柏書房が1989-1993に出版したものであることがわかります。国会図書館には、もっと貴重な明治5年(1872年)6月の郵便報知新聞があるのですが、古すぎますね…今回の話題には・・・
この本であれば、別に国会図書館でなくても、日本の図書館の多くにあるのですが、まあ、国会図書館で発見されたという話題なので…なにが発見だかわからないけど???…翌日に時間をとって国会図書館に寄ってみることにしました。

国立国会図書館
国会関係者のための入り口は別にあり、一般の人たちと交わることはありません。

国立国会図書館は、日本最大の閉庫式図書館ですが、IT化されていて利用は慣れれば安直です。
ここでは、コンピューターで出庫依頼をすると、15分以内に本を出してくれます。
国立国会図書館は、いかついお名前とは別な側面があります。居心地がいいので、ここで一日ゴロゴロしている人も少なくなく(なんてことは書いてもいいのかな…(^^;)、ちょっとした知的な印象のある憩いの場みたいな図書館です。私も見ていて、本や端末を前に居眠りするなよ…と思うことさえあるほどです。
とはいえ、私も遊びみたいなもんです。この日は暑い日でしたので、資料を見る前にカキ氷の「宇治金時」を戴きました。
これで300円…さすが国立…(^^)v
そんな風に、のんびりしてから資料を出してもらいました。
出庫してもらった資料を見てみました。朝鮮日報の記事に書かれた「1894年5月31日付3面」というのは、正確だったのですが、朝鮮日報が報じている内容と、本当の記事は異なっていました。
以下に、実際の記事の内容をご紹介しましょう。

郵便報知新聞 明治27年5月31日 第6457号 3面 / 著作権保護期間は満了しています
以下に現代風に句読点を入れてみました
さらに、仮名遣いと漢字は現代式です
朝鮮の流行謡

(以下)の23首は朝鮮のかる慨家某(なにがし)がものにしたるにして、韓人が我(わが)日本人の威勢に圧倒せらるるを怨み、君主の暴戻をののしり、又その不遇を託ちたるものなり。
この謡(うた)の初めて世に出たる頃は、これを口にすることを堅く禁ぜられたが、今は山辺のきこり(○子と書いてありますよね、これはきこりの事で、子供の事じゃありません・・・(^^;)もこれを謡い、浦輪の海士(あま)もこれを口にするに至りしぞ

仁川
済物
皆な住む
宜しいけれ
ども
倭人
勢いで
私住むを出来ぬ
嘆声

仁川の、済物浦の土地気候、人の住むには好けれども、日の本人の勢いに、住みも得果てぬ我らこそ、無念というも愚かなれ

嗟嘆の詞
迷惑
嘆声
只二人
だけ
生きている
嘆声
迷惑
嘆声

(意訳)
民草の、かかる迷惑受けぬとは、知るや知らずや皇(きみ)と后(きみ)、広き世間に只二人、朝な夕なの酒宴に、ふけりたまうぞ悲しかるける

悲しき意を含む
猫の鼠を捕るをいう

(意訳)
あわれ、あわれ、猫の餌食となりはつる、鼠族こそ、哀れなりける
(この謡は、人民が君主の為に重租を徴せられ人民は君主の餌となりいれることを陳べたるなり)

山も
いや 水も いや
何を
望みて
ここに
来たか

(意訳)
野も山も、水際も住むに厭き果てて、今は望みも尽きし世に、何を頼みにながらふるらん

時代背景

この謡(うた)の背景の解説が必要ですね。
仁川/済物浦とは、1887年(つまりこの記事の書かれた時より7年前ですね)に、朝鮮開国時の条約港として開かれた港で、そのときの人口はわずか4700人でした。このような条約港であるため、日本だけではなく、アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、イタリア、ロシアなどもここに来るようになります。
条約港とは、欧米列強の半植民地的な性格をもつ、治外法権の租界や外国人居住区を持つ場所です。
日本で済物浦条約というと、過去に行われた日本公館襲撃後作られた「若干の兵を置く」とした条約です。韓国では、清国指導の下に締結してしまった、アメリカとの不平等通商条約を言うみたいですけど…

郵便報知新聞 明治27年6月20日 第6467号2面 より
著作権保護期間は満了しています

そして、この報道が行われた1894年5月31日は、朝鮮日報の報道している通り、東学党の乱(朝鮮日報は東学農民革命と記載していますね)、朝鮮内乱の最中です。朝鮮はこの内乱を収めることが出来ず、というよりも圧倒されてしまい、清国に支援を要請、清国は派兵を決定しますが、これに対抗して日本も済物浦条約を根拠に派兵…日清戦争へと突入していきます。

厳密に言うと、清国は早い段階から兵を派兵しており、李氏朝鮮が追認の形で支援を要請しています。

東学党の乱は、日本では大きく報道されており、とてもたくさんの記事が当時の新聞にあります。また、日本の各新聞社は現地に特派員を送り、情報の収集に努めていました。
右の図は、郵便報知新聞 明治27年6月20日に掲載されていた朝鮮内乱略地図です。この地図を見ると、全羅道の多くが東学党に制圧されていたことがわかります。
東学党の乱は、新興宗教「東学」に端を発し、社会改革と外国勢力の排斥を訴えていました。李氏朝鮮が外国勢力の進出に伴い弱体化していくことは、農民の目を通しても明らかだったのです。


ただ、外国勢力排除のこの運動は、清国と日本の軍を呼び込む原因となり、日清戦争の原因ともなっていきました。清国は日清戦争に敗北し、李氏朝鮮への宗主権を放棄し、台湾を日本に譲りました。アメリカや欧米列強は日本の行動を承認しましたが、李氏朝鮮は宗主国の代わりとしてロシアに接近、日露戦争へとつながってきました。
李氏朝鮮では、親ロシア派と親日本派が対立…東学党のような海外勢力を排除しようという運動は、朝鮮政権からも利用されましたが、結局は、清国、続いて、日本との抗争に破れ、排除されました。
また、日清戦争の結果、清国の属国であった李氏朝鮮はその地位を(不本意ながら)離れ、日本の庇護の下、1897年に大韓帝国として独立…しかし、大韓帝国には清国の代わりにロシアの庇護を求める一派もあり、日本は続いてロシアと対立、1904-1905年の日露戦争で日本は勝利し世界を驚愕させます。この勝利には、イギリスやアメリカの支援があったことも忘れてはならないでしょう。つまり、ロシアがアジアを支配するよりは日本の方が都合がいいという、当時の帝国主義的なバランス感覚が、欧米にはあったということです。言い換えると、日本の行動は欧米列強から支持されていたのです。ただ、そうした事は、大韓帝国の人々には理解できないことでした。
1907年には、大韓帝国はハーグで行われていた万国平和会議に密使を送り、列強諸国に第2次日韓協約の無効を訴え大韓帝国の独立を確認しようとしたところ、出席国であった列強諸国は、第2次日韓協約の有効を、大韓帝国に外交権がないという認知により示し、第2回万国平和会議への出席を拒否されます。アメリカ大統領あての皇帝親書も拒否され、国際的に日本が宗主国であることが確認される結果に終わります。この結果、同年に第3次日韓協約により、外交権だけではなく内政権も失います。
1909年、朝鮮監督府の伊藤博文を安重根が暗殺。朝鮮併合反対派の中心であった伊藤博文がいなくなり、日本では朝鮮併合論が台頭。そして、1910年の日韓併合により、大韓帝国は消失しました。韓国ではこの併合について(国の併合や分割を正しく定める法など存在するものではないのに)手続き的な話題により違法と主張としていますが、この併合はアメリカを初めとする列強諸国からの承認を受けています。第二次世界大戦開始直前に行われたポーランド共和国分割のように、当事国に関係なく分割されることもあるのが、当時の国際政治の常識ですね…現代とは違います。


このような背景を前提に、謡(うた)を理解する必要があります。
なぜなら、当時の人々にとって、開国を強制され変わり行く自国の姿と、それに対しての拒否反応とも言える東学党の乱の全国的展開は、当時の人々にとって、自明の話題であったからです。
そうした背景を踏まえて、歌詞を見てみましょう。

歌詞
仁川
済物
皆な住む
宜しいけれ
ども
倭人
勢いで
私住むを出来ぬ
嘆声
郵便報知新聞訳

仁川の、済物浦の土地気候、人の住むには好けれども、
日の本人の勢いに、住みも得果てぬ我らこそ、無念というも愚かなれ

朝鮮日報による報道 書誌学者キム・ヨンジン?

仁川・済物浦(ジェムルポ)の暮らし向きは良いが、倭人にしつこくたかられて、やってられない。嗚呼、しつこくてたまらない。

説明

倭人といきなり話題になりますが、場所は条約港である済物浦、欧米列強の半植民地として機能しており、治外法権の租界が存在しています。しかし、その中で、日本人は同じアジア人でありながら欧米列強に伍して活動しています。

そうした悔しさをそのまま歌ったものです。
朝鮮日報の報道は、意味をすり替えようとしています。

歌詞
嗟嘆の詞
迷惑
嘆声
只二人
だけ
生きている
嘆声
迷惑
嘆声
郵便報知新聞訳

(意訳)
民草の、かかる迷惑受けぬとは、知るや知らずや皇(きみ)と后(きみ)、広き世間に只二人、朝な夕なの酒宴に、ふけりたまうぞ悲しかるける

朝鮮日報による報道 書誌学者キム・ヨンジン?
お前と2人きりで暮らすなんて、嫌だ 嫌だ。
説明

郵便報知新聞の訳は、ここから意訳になって行きます。

朝鮮日報では、ここから、タンド/只二人を、朝鮮と日本という読み方をしているようですが、すでに説明したように条約港である済物浦は、欧米列強が進出しています。ですから、朝鮮日報の解釈が異様なものであり、郵便報知新聞のように、タンド/只二人を朝鮮皇帝/皇后であると理解する事が自然です。郵便報知新聞の訳もちょっと行き過ぎの感はありますけど…。民衆の、朝鮮王朝に対する、いい加減にしろよという気持ちとして理解することが順当です。
朝鮮日報の訳は、前節の意味のすり替えの強化として、原詩を無視しています。

歌詞
悲しき意を含む
猫の鼠を捕るをいう
郵便報知新聞訳

(意訳)
あわれ、あわれ、猫の餌食となりはつる、鼠族こそ、哀れなりける
(この謡は、人民が君主の為に重租を徴せられ人民は君主の餌となりいれることを陳べたるなり)

朝鮮日報による報道 書誌学者キム・ヨンジン?

アララン アララン アラリーヨ、アララン アオールソン(“ああ、それっ ”というような掛け声として解説)アラリーヤ>

説明

アララン(アリラン)という言葉は、意味がわかっていませんでしたが、郵便報知新聞では、悲しき意味を含む・・・と解説し、アラリーヨには、猫が鼠を捕ること・・・と解説しています。つまり、アララン・アラリヨとは、韓国の支配者層による無条件な搾取という現実に対する悲嘆・・・という意味があるということです。このような解説は、初めてのものでした。

しかし、朝鮮日報ではそう記していません。その理由は簡単で、今の韓国ではそうした知識は残っていないため、わからずにか、書き換えています。

歌詞
山も
いや 水も いや
何を
望みて
ここに
来たか
郵便報知新聞訳

(意訳)
野も山も、水際も住むに厭き果てて、今は望みも尽きし世に、何を頼みにながらふるらん

朝鮮日報による報道 書誌学者キム・ヨンジン?

意図的に紹介していません

説明

もはや、野にも山にも水際にもいたい場所はない・・・なんの望みもない世に、なにを頼みにしたらいいのか・・・

こうした気持ちが、この時代の東学党の乱の背景です・・・。そうした説明をすると、朝鮮日報の記事としては、この内容は、これまでの解釈で行くと敗北主義的な解釈しか出来ないため、不適切なので、紹介していないのでしょう。

このように、朝鮮日報の報道内容よりも、1894年の郵便報知新聞の報道の方が、客観的で、自然です。
余談ですが、記事の内容の紹介も、かなり間違っていますよね。

朝鮮日報による報道 書誌学者キム・ヨンジン?

同紙(郵便報知新聞)は、歌詞と一緒に「山間へき地の子どもたちや、入り江の子どもたちまでも口ずさんでいる」とし、「朝鮮人が日本の威力に圧倒されれいるのを恨み、軍国主義の圧政を非難して歌ったもの」と報じた。

郵便報知新聞

この謡(うた)の初めて世に出たる頃は、これを口にすることを堅く禁ぜられたが、今は山辺のきこり(○子と書いてありますよね、これはきこりの事で、子供の事じゃありません・・・(^^;)もこれを謡い、浦輪の海士(あま)もこれを口にするに至りしぞ

説明

まあ、韓国では漢字の知識が急速に失われたらしいので、きこりを読めないのはわからないでもないですが、海士は読めるでしょ・・・(^^;
率直なところ、こんな字も読めない状態では、書誌学者キム・ヨンジン氏は、勉強しなおした方がよろしいでしょうね・・・(^^;
それでは、韓国の英雄である安重根がこよなく愛した漢文も読めないでしょ・・・(安重根は誇り高き両班であり、漢字より劣る文字とされていたハングルで書いたものがないことが知られています)

ついでですが、この記事のタイトルも間違っています。

「アリラン」は、大韓帝国期の民衆たちが歌った抵抗歌だったのだろうか。

だって、大韓帝国の成立は、1897年、この記事は、1894年…大韓帝国成立の3年前です・・・
韓国の大新聞なんだから、自国の歴史くらい確認してから記事にした方がいいんじゃないかな…(^^???
結論を述べると、「アリラン」は、無能な朝鮮政府(李氏朝鮮)を嘆き悲しむ歌として、郵便報知新聞により報道されていたのでした。
余談ですが、私がチェックした限り、このような歌曲の紹介による報道は、郵便報知新聞では極めて珍しく、とても異例でした。当時の朝鮮の人々の気持ちを伝えるものとして、実感があったから紹介したのではないでしょうか。

なんで、こんなに誤った報道になるのか

ここからが、このコンテンツの主題になります。
それは、なぜ朝鮮日報はこのような報道をしたのかということです。
韓国の人であれば、時代背景くらい知っているはずですから、解釈を誤るはずはなく、日本語が読めるのであれば、ここまで違う報道になるはずはありません。
そう考えると、これは意図的な反日報道であり、それを受けた韓国民衆は、この記事を信じてサッカーの北朝鮮で、反日の意図を込めて合唱した・・・という解釈になります。まあ、内容が、本当のところは、アリランという歌が自国政府を嘆く歌であったとしてもです・・・(^^;
きこりを子供と勘違いするほどなので、あまり漢字は読めないみたいですから、読み違いはあってもおかしくないですし・・・韓国では一回漢字教育体制が崩壊したことがあるので、その世代の人は(というと、結構若い人ですね…(^^;)、読めなくても仕方ないかもしれません。
普通なら、こうした結論なのでしょうが、実は、私は違う見解を持っています。
私の見解は、簡単です。

この記事に関係した人々、つまり、朝鮮日報の記者、書誌学者キム・ヨンジン、国樂放送ソ・ジュウォン専門委員には、郵便報知新聞の記事を、朝鮮日報の報道のようにしか読むことが出来ない

ということです。
つまり、彼らは特定の思想(大日本帝国による侵略史観、被被害者観、偏狭な民族主義的世界観)によってフィルターしてから、理解することしか出来ない・・・ということです。そのために、いろいろな話題が錯綜してしまい、このような、私から見たら、支離滅裂な報道になるのでしょう。
でも、彼らは意図的な虚偽報道をしているのではなく、心から「正しい」と信じてこの報道をしているのだと思います。意識的にではなく、無意識的に誤読/誤解をしているのでしょう。
人は、自分で結論を定めてから行動する事が多々あります。
これは、そうした「偏見/フィルター」の元にものを見た、ひとつの実例でしょう。

こうした情けない話題は、朝鮮日報だけじゃなく、日本にもたくさんあります・・・
曇った眼に見えるのは、いつも灰色の世界なのでした

これに似た話題は、2chや一部のウェブサイトなど日本でも多く見ることが出来ます。
例えば、いろいろな歌詞の一部が同じであることを示して、パクリだと騒ぐ人たちなんかは、その背景に特定のフィルターがあります。つまり、自分は正義をなしている、こいつらはドロボウだ、私には世界を変える力がある・・・なんて発想で、部分的なことについて、勝手な解釈をしています。つまり、民族主義的なフィルターの代わりにに、もっと個人的な世界観がフィルターを成しています。
でも、歌詞を成立させている言語や音楽を構成している音の構成とは、間主観性が基本なので、分解したら必ず同一のフレーズが存在するのです。しかも、今の若い人たちが理解できる言葉なんて、とても少ないため、必ず一致する部分が存在します。
芸術というものは、分解して理解するものではないのですけどね…当たり前だけど・・・
実際のところ、法的な技術議論であっても、はじめの表現がユニークなものであることを示せない限り、パクリという話題にすることも不可能です。なぜなら、一般表現というものは、独自のものではないからです。そんな自明な話題であっても、そうした馬鹿なことを騒ぐ背景に、彼らの心の中にある、くだらない世界観があります。つまり、彼らには、世界はそのようなものなのです。そうした議論が出来るのは、権利者だけなのにね・・・。
つまるところ、朝鮮日報でこの記事に関係した人たちと、日本でくだらない騒ぎをしている人たちは、同じ水準ということですね・・・(^^;
なんのことはない、曇った眼に見えるのは、いつも灰色の世界なのでした
現代の、情けない側面ですね・・・

アリラン、アラリヨ・・・(^^)/


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