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平和を叫んでも、愛を叫んでも、平和は得られない

2003/3/23,4/6

アメリカは、お馬鹿の帝国なのかね・・・(^^?

アメリカのイラク侵攻について、いろいろな報道をテレビで見ていて、その内容の混乱の仕方に、ちょっとあきれてしまいました。
アメリカやイギリスがイラクに侵攻することについて、反戦を主張するのはまだしも、侵攻する理由について、訳のわからない説明しかできていなかったからです。
そうした報道の内容を一言で要約すると、アメリカ人というのはブッシュというしようもないお馬鹿が大統領をしている、お馬鹿の帝国・・・という感じであるからです。
報道内容を見ていると、日本の小学生であっても、アメリカの非は明らか・・・みたいに番組を構成していますけど、本当なんですかね・・・(^^?
いくつか、そうした報道で特徴的なものをご紹介します。

■2003/3/2の朝日テレビ サンデープロジェクト

アメリカがイラクを攻撃する背景、キリスト教原理主義があり、ブッシュ大統領もキリスト教原理主義者であると報じていました。そして、アメリカにおけるキリスト教原理主義者の数は、アメリカ国民に多くを占めているとまで報道していました。司会者である田原氏は、いみじくも「キリスト教原理主義ってのは、オウムみたいだね」とコメントしていました。

つまり、この番組が伝えたかった話題は、ブッシュ大統領を選出しているアメリカという国家が、麻原彰晃が率いていたオウム真理教みたいだということでしょうね。

■2003/3/21朝日新聞朝刊紙面

1:「神の意思」迷いなく攻撃命令 より

●毎朝起きるとすぐ説教集
 午前5時半起床。朝一番にキリスト教の説教集をひもとく。室内マシンでの約5キロのランニング。聖書研究会。就寝は午後10時前。これがブッシュ米大統領の日課だ。開戦の日も、就寝が遅くなった以外は、格別変更された様子はない。
 ホワイトハウスの主は世界の運命を決める。トルーマン大統領の原爆投下、ケネディ大統領のキューバ危機。歴代の指導者たちは、決断の重圧に苦しんできた。ブッシュ大統領の周辺は、大統領の心の平安を指摘する。
 「私を支えているのは信仰だ」と大統領はよく言う。今年2月、宗教関係者との朝食会では「神の摂理に自信を持とう。すべての背景には目的がある。それは神の手によって定められ、揺らぐことはない」と語った。
 神の恩寵(おんちょう)を受ける米国には特別の使命がある。それは悪と同一視されるサダムと戦うことだ。「善と悪」の世界観。ブッシュ政権の単独行動主義の根には、原理主義的なキリスト教右派の発想がある。いまや保守化が進む共和党内の最大勢力だ。

この両方の報道は、朝日新聞系であり、内容的に明確な方向性を持っています。
つまり、この戦争の背景に宗教的背景があると、伝えようとしているのです。
現実には、アメリカ政府はそうした背景を明確に否定していますし、この報道そのものには、実は誤りが多く含まれています。
なぜならば、キリスト教原理主義は、キリスト教でもカルト宗教であり、ブッシュ大統領やアメリカ政府と関係付けて説明することは、とてもできないからです。

典型的なキリスト教原理主義では、進化論も否定しています。もっとも、アメリカの地域によっては学校教育で進化論を否定している地域もあるので(アメリカの教育制度は画一的ではありません)、キリスト教原理主義が完全にマイナーともいえない点があります。

特にサンデープロジェクトの報道は異常で、キリスト教原理主義者の数について、一方的なキリスト教原理主義者の側の宣伝数字で述べています。キリスト教関係者からしたら、噴飯ものの話題でしたでしょう。小林よしのりさんのゴーマニズム宣言でも、そうした数字を引用しているのか、キリスト教原理主義者は3000万人と平気で書いています・・・アメリカの1/10以上の人がキリスト教原理主義者だというわけです・・・この数字が示す馬鹿馬鹿しい限りの話題の論拠はなんなのでしょうか。アメリカで、日本人の多くがオウム真理教とおなじ仏教であり、仏教原理主義者である・・・と説明されたら、それは私達にとって噴飯ものなのと同じ話題です(この喩えはなにも誇張しているものではありません・・・)

どの宗教にも原理主義的宗教があります。
イスラム教原理主義、キリスト教原理主義、仏教原理主義などと、それぞれが呼ばれています。どの原理主義も、過激であり、現代では異端的でもあります。そして、カルト宗教でもあります。たとえば、オウム真理教は、分類すれば仏教原理主義になります。いみじくも、サンデープロジェクトで田原氏が述べた「キリスト教原理主義ってのは、オウムみたいだね」という言葉は正鵠を射ています。この番組のもうひとつの問題は、同氏が述べている言葉の意味も知らないという、不思議さでしょうか。この番組を見てから、そんなにこうした話題を知らずにいて、報道するというのはどういう神経か、考え込んでしまいました。

また、ご紹介しているような朝日新聞紙面の報道も異常です。日本のように、宗教が形式的にしか残っていない社会の方が世界的には少なく、アメリカでもヨーロッパでも、紹介されるようなブッシュ大統領のような生活は、珍しいものではありません。そのことを知らない日本人は、ブッシュ大統領が宗教にどっぷりと漬かっている人であると信じてしまうでしょう。そして、この記事の著者が最後の節に書き加えた内容こそ、読者を誤解に誘導するための、悪質な部分です。さすがに、紙として記録されるためか、ブッシュ大統領を「キリスト教原理主義者」と番組のように断言していませんが、同じ方向に誤解させようとしています。このようなやり方は、ラベリングと呼ばれる手法です。読者、視聴者に対して、一定の先入観を刷り込みます。

このような方向で朝日新聞系報道機関が説明を試みる背景は、想像するしかありませんが、反戦を伝えるために、戦争の原因の矮小化を図り、誤解へ誘導するという、暗黙の目的性を見て取るしかないように感じます。つまり、目的が優先しており、報道を手段にしているということです。

ここまで来ると、伝えられているアメリカはお馬鹿の帝国そのものです。
ただ、実際には、こうした報道が行われている背景を支えるものには、それほど意図的なものでは、ないのかも知れません。朝日新聞系報道機関の人たちは、本当に、アメリカやイギリスが武力による武装解除を決意した背景が、理解できず、どうしようもなくて、自分達が理解しにくいものに、攻撃の原因を求めているからかも知れないからです。実際に、アメリカやイギリスで主張されている話題は、それほど正しく日本には伝えられていないようです。
言い換えると、「アメリカというお馬鹿の帝国」という概念の発生元である報道機関こそ、実は、「お馬鹿の帝国」なのかも知れません。ですから、手に余る話題になると、地が出てしまうのでしょう。人は、自身が生み出すものにより、その人の真実を明らかにしてしまうものです。

イエスは、別のたとえを持ち出して言われた。
「天の国は次のようにたとえられる。ある人が良い種を畑に蒔いた。
人々が眠っている間に、敵が来て、麦の中に毒麦を蒔いて行った。 芽が出て、実ってみると、毒麦も現れた。 僕たちが主人のところに来て言った。『だんなさま、畑には良い種をお蒔きになったではありませんか。どこから毒麦が入ったのでしょう。』 主人は、『敵の仕業だ』と言った。そこで、僕たちが、『では、行って抜き集めておきましょうか』と言うと、 主人は言った。『いや、毒麦を集めるとき、麦まで一緒に抜くかもしれない。 刈り入れまで、両方とも育つままにしておきなさい。刈り入れの時、「まず毒麦を集め、焼くために束にし、麦の方は集めて倉に入れなさい」と、刈り取る者に言いつけよう。』」

新約聖書 マタイによる福音書 13:24〜30

このコンテンツは、そうした、今の時代を理解するために、必要な視点を説明するために、書いてみました。

2001.9.11とはなんだったのか

グランド・ゼロ・・・2001年9月11日にニューヨークを襲った事件の意味を確認することが、大切でしょう。
アメリカ在住の人々は、この日を境に、アメリカが変わったと主張しています。それは、本当だと思います。明らかに、グランド・ゼロの廃墟と共に、アメリカ人が抱いていた基本的な概念が、崩壊してしまったからです。
日本の報道機関は、崩壊したものが、アメリカの安全に対する神話であると思っている報道が多かったように感じます。過去において、アメリカ本土が侵略された経験が乏しいためであると、その背景を説明しました。
しかし、この崩壊したものとは、もっと深刻なものです。2001.9.11以前は、アメリカ人の中には、世界に自分達に対する明確な悪意が存在していることを否定したい気持ちがそれまであったのですが、その意識そのものが瓦礫と共に崩壊したのです。
アメリカ人について、いろいろな話題が述べられています。そうした中で特に目立つものに、アメリカの原理を世界に押し付けている・・・という話題が、世界中にあります。この話題は事実でもあります。そうしたことが推進された背景には、アメリカ人・・・というよりも、現代科学文明における基底的な思想である・・・すべての平等・・・という概念があります。
つまり、世界の人々が対等で平等である・・・という概念を無条件に信じることが、グロバリゼーションといわれた経済的なルールの世界均一化や、民主主義の国際的進展の背景にあります。
このような考え方は、フラット&ウェブともフラットランドとも呼ばれることがあり、昔の階層的世界観に取って代わった、近代的世界観の特徴です。
この世界観の特徴は、均質的な世界を夢想するようになることです。それは、必然的でもあります。
アメリカへ旅行した事がある人であれば、2001.9.11以前のアメリカの空港では、ほとんど手荷物の検査も、バゲッジの検査も、実際には行われていなかったことをご存知でしょう。しかも、空港そのものも、搭乗ゲートまで自由に入ることが可能でした。現実的に、ノーチェックに近い状態であったのです。日本の空港の方が厳重であったくらいです。そうした実態にアメリカ社会がなっていた背景は簡単です。つまり、悪意の存在を理解していなかったのです。

アメリカの軍事力の過信という話題もありますが、テロを想定しないということの背景は、悪意の存在を理解していないということのほうが、正しい認識でしょう。

ほとんどのアメリカ人は、日本人と同じように科学的な教育だけが行われています。ですから、基本的な世界観には、無条件の対等性が含まれています。その概念を支えるため、無意識のうちに、本質的には人の悪意は存在しない、と信じるようになります。この、無意識な概念が、あらゆる点に現れてくるのです。
日本では犯罪が横行しているように報道されるアメリカ社会ですが、実際のところ、今の日本とそう変わらない程度の安全な治安状況ですし、ヨーロッパと比較すれば、遥に安全な社会です。そうした社会に過ごしていれば、人の悪意はないものと思い始めても、なんら不思議はありません。
このような、無条件の平等性を、普遍的に信じることは、科学的な現代的思想の特徴です。
ただ、これは根拠のない思想でもあったのです。そう、かつて王侯貴族が神の恩寵により特権を与えられていると信じていたのと同じくらいに・・・。
それを明らかにしてしまったのが、2001.9.11でした。

アメリカ人の発想では、基本的なところで、理解できない、理解したくないテロであったのです。
世界観が転地してしまったアメリカ人が、どれほどのショックを受けたかは、深刻なものがあります。倒産した巨大エネルギー企業エンロンの問題などで、腐敗した経済構造が明らかになり、社会的腐敗が根強い事実を知りました。そして、世界の実体も、アメリカ人の信念とはまったく異なるという事実が2001.9.11で明らかになったのです。
ストレートに述べると、グランドゼロのインパクトは、アメリカにおける基底的な考え方であった、無条件の平等性が存在するという根拠のない信念を、根本的に破壊したのです。
無条件の平等性こそ、民主主義と科学的な発想の、基本原理です。かつて、民主主義は、神の前の平等を求めるものでしたが、科学的な発想の進展により、神は死に絶えました。ですから、民主主義を支える原理も、科学の発想に取って代わっていました。
ですから、無条件の平等性という信念の崩壊は、民主主義と、科学的な発想の両方を、否定する結果になってしまうのです。

こうしたグランド・ゼロがもたらしたアメリカへのインパクトは、なぜか日本人にも理解できないようでした。この頃、ニューヨークにいた坂本龍一や宇多田ヒカルは、アメリカ人が国旗を飾り、苦しむ姿に対して、とても理解しているとは思えない発言をしています。社会が右傾化している・・・ぐらいにしか、捉えていないようでした。それは、あまりに表層的であり、私にはかえって意外でした。そして、それは当時の日本人の平均的反応でもありました。
これと似た実情が、アメリカと日本で立場を変えて見出される話題があります。
核兵器についての感情の違いです。

アメリカ人も世界の人々も、核兵器の意味は理解できなかった

かるばどすほふでは、アメリカを紹介している中で、日本人があまり知らないような、アメリカ人と日本人の意識の違いを話題にしているコンテンツがあります。
そのひとつが、アメリカのレストランPROUD BIRDのお手洗いの話題です。

右の写真はロスアンゼルにあるPROUD BIRDのエントランスです。

このレストランのお手洗いでは、なんと、核兵器投下をした際のアメリカ大統領演説がBGM替わりにかけられていました。

「太平洋戦争を早期に終結するため、アメリカ人兵士の犠牲を少なくするため、核兵器を広島、長崎に投下した」

日本人は、こうしはた話題に対して、その言葉どおりには受け取りません。
核兵器は、一般人を含めた虐殺を行うものであり、その使用は人類には許されえるものではない・・・と考えているからです。
しかし、そうして考えるのは、日本人くらいなものであり、世界では少数派です。
私は、アメリカの人だけではなく、中国や韓国の人からも、「日本で核兵器が使われたのは自業自得」という話題を言われたことがあります。特に、中国人や韓国人の人は、「核兵器よりも悲惨な歴史がわが国にはある」と主張します。

中国の人たちと南京問題を話題にすると、まあ、喧嘩のようになりますね。

簡単に言うと、日本人が抱く核兵器への嫌悪感は、彼らには全くわからないのです。
このような、理解の局所性を、地域的な考え方を擬人化して、トラウマ(精神的な衝撃による傷)として説明する場合が世界史的視点には、あります。しかし、あまりいい喩えではありませんね。社会は、個人ではないからです。心理学用語で個人を語るように取り扱うことは、適切ではありません。
同様に、グランド・ゼロをアメリカ人のトラウマ・・・と理解するのも、いい話題ではありません。しかし、そうした報道は多いようです。
このような低レベルの考え方ではなく、社会全体を捉えるための、スパイラル・ダイナミクスという視点があります。これについては、後述しています。
話題は戻りますが、アメリカ社会の基底概念として、フラット&ウェブやフラットランド的な考え方があり、それこそがアメリカの根本的問題であると、指摘され続けていました。アメリカで、そうした思想が蔓延している世代で主流を成している人たちは、ベビーブーマー(ベビーブーム世代)と呼ばれています。

baby boomer
1960年くらいまでにアメリカで誕生した、第二次世界大戦後に誕生したベビーブーム世代。日本では、ベビーブームはもっと早く、1955年くらいまでの世代です。でも、日米ではこの世代には世界観に共通性があると思います。

グランド・ゼロこそ、アメリカのベビーブーマーの思想的根底を破壊してしまった、アメリカ社会の基底原理を倒壊させた事件だったのでした。
このことは、社会の基底を為す認識であった、人の均質性に対する信仰に根拠がない事を明らかにしました。そして、それは、テロが必ず行われることを示しています。

テロは必ず行われ、私達もそのターゲットである

2001.9.11が教えたこと、それは、「大量破壊兵器は必ず使用する人々がいる」ということです。

日本のテレビの論調は異常です。アメリカを支持することで、日本がテロのターゲットに入ると主張しているからです。しかし、それは、2001.9.11の意味を全く理解していないことを露呈しています。つまり、アメリカを支持しない限り日本はテロのターゲットにならないと、意味を込めているからです。
しかし、この主張は、偏見と誤解に満ちています。
その最大の問題点は、イラクやアラブ社会がテロの源流であると、主張していることと同じであることです。アメリカですらそう主張していないのに、なにを根拠でそう主張するのか・・・かなり異常であり、アラブ社会に対して誤解を植えつけてしまうでしょう。
いずれにしても、テロは必ず行われるのです。
アメリカを支持してもしなくても、いずれにしても日本でも世界のどこでも、テロは行われるのです。
アメリカがそのターゲットになったのは、世界唯一の超大国として認知されているからで、同様な憎むべき対象として認知する理由は、私達の国にも多くあります。
もしも東京で、他の国の人がテロをしたときに、朝日新聞などは過去の歴史に原因がある、などと論調を展開するのでしょうが、だれかそうしたことに同意できるでしょうか。
本当のテロの原因は、人が信じているものが異なるからです。
そして、違うことを信じている人々を憎み、排除しようとするからです。
現実には、テロは、信念として自身が正しいと信じている人々が行っています。
笑い話ですが、2001.9.11の事件の際に、原因はアメリカであると誘導するように、読売新聞は第一報を報じました。

日本の新聞はやっばり屑だ をご覧ください
当時の日本の異常な報道を批判しているコンテンツです

このような異常さは、今も続いています。

写真は、2002/10/06にサンフランシスコで行われた反戦集会です。今行われている日本の反戦集会や海外の反戦集会の多くは、左翼により指導されていると言われていますが、この頃はもっと自然であったと思います。ですから、この文章が意図する話題についてより的確だと思いこの写真を選択しました。

テロが行われた際に、世界で「テロ反対」のデモは行われたでしょうか。イラクに対するアメリカ攻撃には、いろいろな背景があるようですが、アメリカに対する反対運動が、世界で大きく行われました。
なぜアメリカだけが、そうした批判を受けるのか・・・テロの行為者には、なぜ批判が行かないのか・・・。
彼らの目には、テロの行為者とか、イラクの為政者は見えていないようです。

似た話題で、2001.9.11の際に、ニューヨーク在住の日本人アーティスト達が、右傾化するアメリカについて疑問を呈する発言をしているのが目立ちました。彼らの目には、テロは事故程度にしか見えていなかったようです。私には、そうした発言こそ、不愉快なものに映りました。アメリカしか見えていない狭い目と、ニューヨークにお客さんで居るだけの感覚を感じたからです。

両者に対して、同様に批判し、同様に行動するとき、その行為は適正なものとなるでしょうが、そうでないことには、疑問があります。
ほとんどのこうした人々は、テロは自身に対して行われないと信じているとしか、理解しようが無い発言をしています。なぜ、そうした人々は、テロの危険から離れていられると信じているのか・・・
その答えは簡単です。
アメリカ人ほどにも2001.9.11を理解していないからです。
これは、平和ボケではなく、平等ボケです。人は皆同じ、私達が静かにしていれば、彼らは私達になにもしはしない・・・。根底の意識は、そうしたものです。そして、それは真実ではありません。世界の人々は、均一ではないからです。
この恐るべき時代の姿は、インテグラル・セオリーの世界ではすでに予告されていました。

この節は2003/4/6に書きました

予告されていた、近未来の恐怖

万物の理論 / Ken Wilber著
第五章 現実の世界
近未来の恐怖
 人類が直面する最大の問題で持続的な危険は、要するに次のようなことである。右側象限はすべて物質的であり、そして物質的な存在はいったん生産されると、内面的発達の文字どおりどんな段階にある個人でもそれを使うことができる。例えば、原子爆弾は形式-操作的な思考(オレンジ)の産物だが、いったん存在すると、より低い発達レベルにある個人が、たとえ自分では生産できないレベルにあっても、使うことができる。道徳意識が世界中心性のレベルにある人間は誰も、幸いなことに原子爆弾を投下したりはしないだろうが、前習慣的、レッドのミーム、自我中心的なレベルにある人間は、自分の進路を妨げるものはほぼ誰であろうと、心底喜々として爆撃するだろう。
 より一般的な言い方をすれば、人類の変わることない悪夢の一つは、右側象限の技術的な成長が、たえず左側象限の技術の知恵と思いやりと共感のある使い方よりも先走ってきたことである。

万物の理論 / A THEORY OF EVERYTHING
Ken Wilber著 岡野守也訳
トランスビュー刊 ISBN-4-901510-08-8
P149より引用

ここでご紹介した内容は、2000年に出版されたKen WilberのA THEORY OF EVERYTHINGの邦訳です。原著では、P-103、タイトルは「the TERROR OF TOMORROW/明日の恐怖」です。
2001.9.11を、そのままに予告しているような文章ですが、これは預言書でも宗教書でもありません。哲学書です。インテグラル・セオリーの視野から見た現実社会に対する分析なのです。
原著は189ページに過ぎず、邦訳でも317ページに過ぎない、小さな本ですが、右側象限、左側象限とか、オレンジやレッドのミームという話題には、解説が必要でしょう。

右側象限、左側象限

この話題には、詳しい解説がかるばどすほふにあります。感じ、理解するための4つの側面をご覧ください。
ここでは、必要な範囲で短く説明します。

この図は、Ken Wilberがよく使用する、私達の世界観が持つ4種類の性格を示す図です。
この図の右側で「それ」という言葉で代表されるものが、右側象限です。物質的科学的なものを表しています。
そして、左側が、左側象限がであり、「私」や「私達」という言葉で代表されます。この象限は、意味的なものを表しています。
ですから、ケン・ウィルバーが述べた核兵器の話題は、核兵器とは、物理的には右側象限の産物であるが、使用する側からの視点については、つまり、兵器の意味は左側の象限で表すことができるわけです。
そして、現代は、右側象限は発達していますが、左側象限は、それに比するほど発達していません。つまり、現代に作り出されている兵器は、統べる力がそれに及んでいないという事実があります。

オレンジ、レッドのミーム

ミーム(meme)とは、この場合は「なんらかの結果として見て取ることができる発達の基本的な段階」のことで、スパイラル(螺旋)・ダイナミクスと呼ばれる社会心理学手法における用語です。社会的な結果から判断される、意識の相の進展段階を示します。

ミームそのものは、様々な分野でいろいろな意味に使われていますけど・・・

この手法は、南アフリカのアパルトヘイト終息に関わったドン・ベックやクリストファーコーアンにより、手法として確立され、様々な理解のために使われ、多くの成果を挙げました。

欧米では、心理学的成果を手法化して日常で使用できるようにすることが、よく行われています。日本では、そうした研究が遅れており、企業の教育分野で応用されているに過ぎません。

スパイラル・ダイナミクスでは、人の意識の相を9つに分類して考え、それぞれに色の名前を与えています。こうした色を使用した名前付けの背景には、このような議論において人種問題について過分反応する人の意識があったため、意図的に色を使用して誤解と対立することを選んだためであると、いわれています。
これら意識の相は、包括的に進展するので、より進んだ相は、それ以前の相をもっていますが、主流を成している相は、一番新しいものです。図が、相が進展するに従って様々な色彩を帯びてくる理由は、そうしたことを図表化しているからです。
これらの意識の相は大きく分けて、第一層と第二層に分類されています。第一層から第二層への移行は、「重大な飛躍」と呼ばれています。
これらの中で、社会の安定について大きな問題になるのは、第一層と分類されている思考の相です。
第一層の各相の間は、異なる層を全面的に否定する傾向があり、大きな対立の原因となります。そして、現代における闘争の多くは、これらの相の間で発生しているという事実があります。
以下に各層の特徴をまとめます。

意味
見られる場所
人口比
勢力比
1
ベージュ

生存の感覚
古層的で本能的な感覚。
鋭敏な本能と生得的な感覚

最初の人間社会、新生児、最終段階のアルツハイマー患者、精神を病んだ浮浪者、飢えた大衆、戦争神経症

0.1
0











2
パープル

呪術的思考
血族の精神
民族的部族の形成

ブードゥーのような呪い信仰、血の誓い、運動チーム、古層的な怨恨、幸運のお守り、連合部族、呪術的民族的信仰、第三世界の環境、ギャング

10
1
3
レッド

力の神々
衝動的、エゴ中心的、英雄的
服従と労働と引き換えに家来を守る封建領主。

魔の二歳児、反抗的な若者、開拓者のメンタリティ、封建的な王国、叙事詩の英雄、007映画の悪役達、ニューエイジのナルシズム、ワイルドなロックスター、フン族のアッティラ大王

20
5
4
ブルー

神話的秩序
絶対主義的で変更不能な正誤の原理に基づいた行動の強制をする。古代的国家の基礎。固定的な社会階層を形成し、父権的である。衝動性は罪悪感で制御される。原理主義的信仰。因習的で画一的。

ピューリタン時代のアメリカ、儒教時代の中国、ディケンズ時代のイギリス、キリスト/イスラム教などの原理主義、ボーイスカウトやガールスカウト、Moral Majority(キリスト教原理主義団体)

40
30
5
オレンジ

科学的な達成
ブルーにおける群集心理には囚われず、科学的な角度から真理を探究する。世界は理解でき操作出る法則に基づく機械と理解している。達成志向でアメリカでは物質的成功を目指す。世界は勝者が敗者に対する優位と特権を得るゲームの場。法人型国家の基礎。

啓蒙主義、ウォール街、中産階級、化粧品産業、ファッション産業、トロフィー獲得合戦、植民地主義、冷戦、物質主義、世俗的なヒューマニズム、自由主義的な自己への関心

30
50
6
グリーン

感受性豊かな自己、共同体主義者、人間のきづな
冷たい合理性が、フィーリングや優しさに取って代わる。人間精神は貪欲やドグマから独立すると信じる。階層性の反対と強度の平等主義。多元的相対主義

ディープエコロジー、ポストモダニズム、オランダの理想主義、人間性心理学、世界教会会議、グリーンピース、動物の権利保護運動、政治的正義、環境心理学

10
15
7
イエロー

統合的
生命を自然な階層(ホラーキー)、システムの投影として理解している。流動性、自発性、機能性を重視する。平等主義は、自然なランク付けと洗練性の等級により補われる。知識と遂行能力が、権力、地位、集団的な感性に取って代わる。

インテグラル・セオリー心理学の成長、カオスと複雑性理論、テイヤール・ド・シャルダンのヌースフィア(心圏)

1
5







在の


8
ターコイズ
トルコ青

総合的,ホーリズム
普遍的な秩序を信じているが、生きた意識的なものであり、ブルーのように外面的な法則に基づくことも、集団に固着したグリーンでもない。「万物の理論」が理論的にも現実的にも可能であると確信している。この相の思考はスパイラルの各相を使い、多面的に相互作用を見る。

0.1
1
9
コーラル
珊瑚色

ホロニック
現在生まれつつある概念群

万物の理論
P30〜46より引用
訳で気になった点については、以下の書籍を参照して訂正を試みました
A THEORY OF EVERYTHING
Ken Wilber
SHAMBHALA ISBN 1-57062-274-X
P6〜13

第一層のミーム間に生まれる闘争

スパイラル・ダイナミクスは、社会全体を掌握する視野を提供します。
この視点に立てば、先に説明したように、社会全体を一個人のように取り扱うことなく、バランスをもって、社会の傾向を理解できるようになります。

A THEORY OF EVERYTHING
P119より引用
万物の理論
P205を基本に訳語を一部変更

この図は、Ken Wilberが引用しているもので、地域ごとにおける価値観(バリューシステム)の構成を示しているものです。

原引用元は、Don Beck And Graham Linscott, The Curcible: Forging South Africa's Future ( JohAnnesburg, South Africa : The New Paradigm Press, 1991, P80〜81 )

この資料が述べていることは、明確です。
アフリカには、白い人と黒い人がいるのではありません。ベージュ、パープル、レッド、ブルー、オレンジの人たちがいるのです。そして、闘争はその人たちの間で発生しています。
このミーム間の闘争は、歴史的にも繰り返し登場しており、闘争の本質的な背景になります。
特に、熱帯アフリカではミームの構成そのものが問題であり、深刻です。
この状態では、制度としての民主主義や自由主義を成立させることは、困難でしょう。
このような状態が現出してしまう背景には、教育システムや社会システムが旧態全のままであることが考えられ、過去400年にわたって行われたヨーロッパによる植民地経営の深刻な弊害が見て取れます。
アフリカでの終わりのない闘争の終結のためには、多くの人口層が、より先に進展させる必要があります。そして、多くの人たちが第二層であるイエローやターコイズに近づく方向に誘導することが実現できなければなりません。そのためには、教育の徹底と、ある一定期間は社会的な強制を行う必要があるかもしれません。しかし、そうした強制は、憎まれるだけでもあります。
このように見ると、ミームの社会における比率が、その社会の特徴を定めることがわかります。そして、社会において、年齢による人口比率の違いがあると、それがミームの比率の違いの原因になり易いことがわかります。
つまり、人口の偏りがあることで、社会全体に対して、特定のミームの影響を強める結果になるのです。
アメリカ社会がスムーズに第二層に移行できない理由の背景に、ベビーブーマーがあると考えられています。

ベビーブーマー

グリーンのミームは、社会の中では、螺旋的(スパイラル)に人の意識の相が移行していく中で、全体の感性を強め、第二層へ移行する準備を進めます。しかし、現在のアメリカ社会は、ベビーブーマーがオレンジとグリーンのミームに集中して、固着してしまっています。そのため、スムーズな第二層への移行を妨げてると言われてます。その原因は、この世代に特徴的なナルシズムにあると考えられています。これについては後述しています。
日本において、同様な分析は行われていませんが、同様な傾向を示していると思います。
なぜならば、現在の60代から50代の人たちの考え方は、オレンジのミームが強いからです。強い成功志向と、物理的達成志向が見られます。
そうした世代が、社会的中心勢力であったときに、日本で土地バブルや株バブル、ITバブルが発生したことにも、根本的な因果関係があるかもしれません。

三井物産産業研究所
流行語としてのITより

そして、アメリカでも同様なitバブルなどがありました。この背景にも、オレンジのミームが、ベビーブーマーとして数が多く、世代的に社会的に影響力が強かったことに関係があります。この傾向は、日本もアメリカも同じです。そして、日本のベビーブーマーのほうが人口比の不均一が5年ほど先行しているので、日本のほうが先に(土地)バブルに投入したのも、理解しやすくなります。
一般的には、日本の土地バブルへの突入は、銀行制度の担保評価システムにあると信じられていますが、その理解は半分は正しくないと思います。なぜならば、このような評価システムは、昔からあったからです。田中角栄の「日本列島改造論」も、土地バブルも、オレンジのミームにおける特徴が表象的に現れたと理解すると、よりわかりやすくなります。つまり、異なる法体系や金融機関ルールを持っていても、別な形で同様なバブルを現出させていた可能性が高かったと言えるでしょう。
社会の健全な進展には、すべてのミームが円滑的に第二層に到達するようにする必要があります。しかし、現在、そのような対応を行っている例は、まだ多くはありません。
ベビーブーマーには、いくつか特徴的な点があります。その中でも特徴的な点にナルシズムがあります。
健全な精神の成長は、自我中心的世界観の減少として現れます。言い換えると、自我中心的→民族中心的→世界中心的世界観へと、意識の相を進めていきます。つまり、ナルシズムが減少し意識が増加します。ブルーのミームにおいても、ナルシズムは存在しています。自分が誤っていても国家は誤らない・・・というのは、ブルーのミームで見られる発言です。オレンジのミームに至るまで、そうしたナルシズムは続きます。ただ、社会の規則と役割への適応の難しさから、自我中心的な世界に固着することがあります。ベビーブーマーの特徴的な発言に「体制を疑え!」とか、「だれも私に指図ができない」というものがあります。これらの発言が、社会的批判として現前に現れているもの(後習慣的といいます)なものであれば、それは批判の言葉なのですが、そうでない場合(前習慣的)は、単なるナルシズムに過ぎません。1960年代にバークレー大学で反体制派学生の道徳的発達調査をしたところ、大部分の発言が前習慣的なナルシズムのものであることを示すスコアが得られました。つまり、「オレに指図するな」という発言に過ぎなかったのです。成長し発展することに失敗することが、ナルシズムの源泉です。そして、グリーンのミームに属する世界観が、レッドのミームに近いナルシズムの保護を行ってしまい、精神の発展を固着させる原因となっています。
実は、この問題は日本でも容易に見出すことができるでしょう。

教師と教え子が、平等であるとき、まだレッドのミームにあるような生徒は教室でタバコを吸ったり、大きな声で授業に関係ない話をしながら、こう語ります。「オレの勝手だ、指図するな。俺達は対等な関係だろう・・・」
どっかで聴いた話題でしょ・・・(^^;

そして、アメリカにおけるベビーブーマーは、グリーンのミームを感情的なナルシズムにより固着させ、極端な平等主義を進め、世界の均一を信じたのです。

ミームの地域差と闘争

第一層のミームは、互いに否定しあう傾向が強いため、大きな抗争の原因となります。
すでにお気づきだと思いますが、原理主義的宗教が主流を成す社会は、主流を成すミームはブルーです。
そして、イラク社会が父系的であり、サダム・フセインが、封建領主的であることの背景が、お分かりいただけると思います。
これは、イスラム教文化圏の社会の特徴ではなく、ミームの構成の特徴なのです。

イスラム文化圏が、かつて世界の最先端であった時代があることは、だれもが指摘している点です。かつて、科学技術の進展がイスラム社会で行われていたことを考えると、イスラム社会におけるミームの構成が昔と今とで異なっている可能性すらあります。

サダム・フセイン自身は、レッドのミームを装ったパープルのミームの人である可能性もあります。サダム・フセイン政権において、親族の登用が極端であるからです。
第一層のミームの対立そのものは、いつもあることであり、それ自身は本質的な問題ではありません。
本質的な問題は、科学技術の進歩がここ200年で興り、世界に拡散したことです。
核兵器、生物兵器、化学兵器といった技術が拡散し、そのために、大量殺戮兵器、大量破壊兵器が拡散したとき、ミームの対立は人類存亡の危機をもたらします。
特に、パープルやレッドのミームは、大量破壊兵器などを喜んで使用するでしょう。
これが、先にご紹介した「近未来の恐怖」で説明されている背景には、この認識があります。
しかし、アメリカ社会は、この点について意図的に無視していたのです。表向きは、世界の平等と対等さから、その背景は、単なる、ナルシズムを背景として・・・。
ですから、湾岸戦争時は、イラクへの侵攻をしませんでしたし、フセイン政権打倒も図りませんでした。
このような誤った現実認識が、2001.9.11として、悲劇をもたらしました。これは、イラクが行ったという意味ではありません。アルカイーダもイラクも、同様なミームに所属しているので、大量破壊/殺戮兵器の所有を許すことはできない・・・ということにおいて、同じ意味になるということです。ですから、行動原理として、現実の認識が大きな影響をもちます。
すでにご説明したように、形骸化した空港警備などが、そうした誤った現実認識の背景でした。

もっとも、民間航空機を使用した特攻は、ちゃんと警備していても防ぐことは困難ですけど・・・

多くのグリーンに固着した意識は、その失敗に気づき、オレンジへと退却します。
そして、知識として得ているグリーンのミームを隠れ蓑に保存されていたナルシズムは、中心を国家へと先に移しながら、表面的な意識は、オレンジへと退行したのでした。強力なオレンジのミームが多く誕生します。つまり、愛国的アメリカです。
このような、人の意識の相の螺旋的な移動は、頻繁にあります、そのため、スパイラル(螺旋)ダイナミクスと説明されているのです。

すでに、平等の原理は崩壊した

イラクの武装解除決議をした段階で、世界の国家間における平等の原理は崩壊しました。
そして、それでもなお信じようとしていたアメリカ社会の希望も、2001.9.11で瓦解しました。
ですから、大量破壊/殺戮兵器は、所有者によっては、かならず利用されると確信する人々が多くなってきています。そして、国際社会は、すでに、この点について共通の視点に立っています。
唯一の問題は、大量破壊/殺戮兵器の所有を制限する、その実現の仕方です。
話し合いによるのか、武力行使によるのか・・・この基準は、ひとつだけしかありません。
大量破壊/殺戮兵器が使用される前に、それを行うことになります。
そして、そうした行為は、これまでの私達が信奉していた社会の原理では、説明できません。
すべてが平等である前提に立っていたこれまでの原理は、どの大量破壊/殺戮兵器の所有者が適正であることを説明できないからです。使用されれば終わりであるにも関わらず、使用しない限り、判断できません。
現在の国際社会の混乱は、そうした状況がが反映しているに過ぎません。
フランスの原子力空母シャルル・ド・ゴールは、臨戦態勢のまま東地中海に出撃しています。フランスは、旧来の原理に従っているため、イラクによる大量破壊/殺戮兵器の使用が開戦のキーワードであるからです。それが行われる場所が、戦争の場であれば、時を告げるものとして適正でしょう。しかし、都市の真ん中であれば、為政者の無能を伝えるものとなるでしょう。

仏原子力空母 
シャルルドゴール

しかし、一度でも大量破壊/殺戮兵器の使用が世界のどこかであれば、完全な平等という概念が招いた人類の危機を、多くの人たちが理解することになり、世界の多くのミームにおいて、大きな遷移を招くでしょう。
私達は、好むと好まざるとに関わらず、すでに血塗られた時代へ突入しています。

そして、この時代はテロの時代となります。
詳しくは、テロの世紀をご覧ください。

テロが主流となるであろうこれからの時代において、戦いという選択肢は常に私達と共にあります。戦いを忌むことを理解した今に、その選択肢を考慮しなければならない現代こそ、中世を超える暗黒時代であったと、将来に語られる日が来るかもしれません。
私達は、かつてない栄光の時代の扉を目の当たりし、同時に未曾有の人類壊滅の危機の扉も目の当たりにしています。どちらの扉をひらけるかが、私達に対する、時代からの問いなのです。

平和を叫んでも、愛を叫んでも、平和は得られない

反戦運動は世界中で盛り上がりを示しています。
これほど反戦の声が世界で上がることは、コミュニケーション手段が整備されつつある現代だから、できることでしょう。
これは、素晴らしいことで、私達の社会が健全であり、多くの人がその社会に対して責任を取ろうとしている証でもあります。
ただ、理解しなければならない点もあります。そうした反戦の声は誰に向かっているのかです・・・
アメリカ、イギリス、そして日本でしょうか・・・。もしもそうだとすると、大量破壊/虐殺兵器の管理についても、同様に主張する方が、より健全でしょう。
問題点をいうならば、反戦の声では、平和が得られないという事実があることです。
アメリカ、イギリスが選択した戦いと、大量破壊/虐殺兵器の破棄を待つということにおいて、その差は、本質的には、大きくはありません。唯一の違いは、大量破壊/殺戮兵器による悲劇を、まだ待てるかどうかという違いの話題に過ぎないからです。
アメリカとイギリスは待てないと主張し、他の国々は待てるという・・・この時代に対しての認識の違いが、根本的な相違点です。
先進国において、誰一人として戦争を肯定することができないことを知っている今、選択される戦闘は、呪われるだけの行為です。しかし、私達人類社会は、その呪われた行為により延命されるかもしれません。
この戦いの原因を取り除くキーワードは、反戦を叫ぶことではないのです。
私達、人類社会が解決できていない、人の意識の相の格差を埋め、第二層と呼ばれるミームをより多くの人に達してもらうことなのです。
反戦を叫ぶ声もまた、戦いを呼びます。第一層のミームは、戦いを選ぶのです。
反戦のためのテロも、これから多発するかもしれません。

3/22には、101空挺師団の中で上官のテントに兵士が手榴弾を投げ込みました。その実行者がアラブ系でイスラム教信奉者である・・・と報道している機関がありますが、まだ調査中です。アメリカの報道映像を見ると、黒人ですので、その報道は誤りでしょう。反戦のために行ったのかもしれませんし、個人的な恨みかもしれません。そして、似た事件はこれから登場するのかも知れません。それも、反戦のために・・・。反戦のために、戦いを行う・・・この悲しい事実は、そうした段階を超越しない限り、止むことはありません。

かつて、同じようなミームの世界的な混乱の中で、より進展した人々は、自身の命を賭して、伝えようととしました。今、私達は、それを伝道と呼びます。

4人の伝道師
1620-25muse du Louvre, Paris

イエスは十二人を呼び集め、あらゆる悪霊に打ち勝ち、病気をいやす力と権能をお授けになった。そして、神の国を宣べ伝え、病人をいやすために遣わすにあたり、次のように言われた。「旅には何も持って行ってはならない。杖も袋もパンも金も持ってはならない。下着も二枚は持ってはならない。 どこかの家に入ったら、そこにとどまって、その家から旅立ちなさい。 だれもあなたがたを迎え入れないなら、その町を出ていくとき、彼らへの証しとして足についた埃を払い落としなさい。」 十二人は出かけて行き、村から村へと巡り歩きながら、至るところで福音を告げ知らせ、病気をいやした。

新約聖書 ルカによる福音書 9-1〜6
新共同訳

今の時代に、そうした行為を為せる人は、多くはありません。
しかし、2000年前とは違う方法で、実現できるかもしれません。
そうしたトライは今までもありましたし、これからも続くでしょう。
戦いに反対を唱えるのは、直裁で、た易い・・・そして、なにも解決はしません。
イラクに向かった「人間の盾」の人々が、発電所など重要施設に配置される手ごまになっている理由は何か・・・そこには、彼らのミームのままでは理解できない、イラクの人々のミームにおける論理があるからです。
困ったことに、アメリカ/イギリス政府と、イラク政府は、対等な感覚で対峙しているのですが、そうではない私達は、まったく方向違いからこの問題を見つめています。ある意味で、ナルシズムに近い「人間の盾」は、マスコミにはいい話題を提供するでしょうが、参加した人々の中には、その無意味さに圧倒されてしまう人もあるかもしれません。それは悲劇を超えて喜劇になってしまうでしょう。
そして、愛を唱えても、戦争を止めることができないばかりか、危険ですらあります。

・・・私達は、単純に愛と慈悲そのものを推薦することはできないということだ。それは自我中心性から民族中心性、世界中心性へと展開していくものであるのだが、私達は、民族中心的な愛を高揚させることを望んだりするだろうか。それはまさに、問題をますます大きくする原因になるのではないだろうか。ナチスは、彼らの家族や民族や自分達の拡張された部族を愛していた。それが、ブルーのミームにある核のあるほとんどの宗教が、なぜ戦争をもたらすことはあっても、それを防止することはなかったかの理由なのである。諸宗教は、歴史上の他のどんな勢力より以上に戦争をもたらしただけではなく、神と国家への強い愛の名の下にそうしてきた。それらの愛は民族中心的であり、真の信仰者と呼ばれた人々には惜しげもなく分配されたが、他すべての人々には愛と慈悲の名の下に死が分配されたのである。・・・

万物の理論
P182より引用

ヒトラーを讃えるドイツの民衆
上の写真は、私の蔵書に収められていた写真です。本には撮影年数が書かれていませんでしたが、恐らく1934〜35だと思います。
このようなナチス賛美の状況についての情報は、現代では封印されているように思います。この写真からも、当時のナチスに対する、当時のドイツ国民による熱狂的支持がお分かりいただけると思います。
比較的最近に発見された、ヒトラーが自決した、ベルリンの地下壕には、ナチスが弱いドイツ市民の盾となる壁画が描かれていました(右の写真)。その壁画は、公開するかどうか、まだ決まっていないとのことです・・・。

もう一度だけ思い出して 僕らの星のあるべき姿

平和は、平和を求める声でも、愛でも、得られないのです。
だから、私は、こうした歌が届く人たちが、世界の中に、より多くなることを祈りたくなるのでしょう。

・・・
私にはこんな場所から
この歌を歌うことでしか
伝えられないけど
もう一度だけ思い出して
僕らの星のあるべき姿
そしてどうか忘れないで
どうかどうか忘れないで
・・・

a song is born
浜崎あゆみ
より

この歌を聴いたときに、私には複雑な印象がありました。この歌が届く人が、まだ世界には多くはないからです。この歌を受止められる人が増えたとき、世界の戦いは終わりになるでしょう。でも、まだそれは未来の話・・・浜崎あゆみは若いためにそれをまだ知らないのかも・・・と思いました。そうした悲しい現実を説明したくなかったために、風になれ!01では意図的にこの曲についての印象を述べることを控えました。

私達には、次の世代に世界を手渡すまでに、何ができるのか・・・
それを自身と社会に問いながら
できることをしながら、
私達はこの血塗られた時代を超えて行かなければなりません。


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