トップページ CG オーディオ 音楽 カメラ ディープ やっぱ書いちゃう お気楽 喰いしんぼ、のんべ あちゃこちゃ ダイビング 自転車 映像 パソコン 真面目 宣伝 ブログ

ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)もびっくり
中日携手世紀同行・大型歌会の裏の裏
見聞編

浜崎あゆみの中国名である濱崎歩(また、本名でもあります)の中国語読みは、びんちーぶーと日本語で書きます。その理由は、中国語の発音表記であるピンインでは、bin1qi2bu4と書くからです。でも、中国語(北京語/マンダリン)の発音は日本語と大きく異なります。特に、この場合の濁音は、日本語よりもかなり弱い発音になります。ですから、耳で聞いたイメージで書くと、「ぴんち〜ぷ〜」という感じです。ですから、まあ、かわいいし、ぴんちぃ〜ぷぅ〜と書くことにしました。

内容的には、中国の新聞の芸能欄みたいに、書きたいだけ書いちゃいました・・・あはは、中国に再入国できなくなったりして・・・

2002/9/23-10/5,6,9

似ている点・・・似ていない点・・・

2002/9/22に北京工人体育場で行われた、記念中日国交正常化30周年大型歌会に行って見ました。で、いろいろと、日本とは違いがあったのがあんまり面白いので、そのままご見たとおりに紹介しようと思います。

解説的に書いてあるコンテンツ、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)もびっくり 中日携手世紀同行・大型歌会の裏の裏 解説編もあります。

写真は・・・ちょっとだけ、中国の新聞社が公開したものだけです。カメラを持ち込まなかったものですから・・・ゴメンナサイ。実は、撮り放題だったので、持ってきゃ良かったと反省してます。
このコンサートには、いくつか特徴的な性格がありましたので、わかった範囲で整理してご説明しようと思います。

2002/9/22 15:30 ホテルからツアーの集合場所へ

日本旅行のツアーに関係なく北京を楽しんでいた私ですが、コンサートはツアーと合流することにしました。ホテルのコンシェルジュを含めて、皆が「これは帰りにくいですよ」と言っていたからです。
ツアーで用意されていたホテルは、梅地亜中心(メディアセンター)です。中国中央電視台の裏にあります。日本の感覚と違う点があるのですが、中国は古い時代の名残で、組織内にいろいろな設備や組織を持ちます。ですから、ホテルがいろいろな場所に併設されていりもします。なにしろ、コンサート会場である工人体育場にすら、ホテルがあります。

この感覚の説明は、北京大学とかを例にすると良いかもしれません。日本では、北京大学に働く人が数万人と聞いて驚く人がほとんどですが、実は昔の時代の名残で、畑もあるし、何もあるしという、中国の大学というのは、街みたいなもんです。ですから、機能としての大学に直接関係している人は、そう多くはありません。この感覚が、いたるところにあるみいです。それが、いろいろな設備にホテルが併設される原因なのだと思います。ちなみに北京ではホテルは過当競争だそうです。

このホテル、中堅どころだそうですが、ガイドブックにもあんまり載ってません。
私の宿泊していたホテルから、タクシーで15〜20分くらいです。
ここで、ツアーの皆さんと初めてお会いしました・・・(^^;
よく見ると、着物の方が何人かいらっしゃいました・・・わたしもそうしようと思っていたので、人の考えることはみんな一緒だなーと思いました。
で、大型バス2台で、会場である工人体育場に向かいました。

このとき、ひとつのちょんぼをしてしまいました。カメラを、梅地亜中心(メディアセンター)に落としてしまったのです。
会場についてから、日本旅行の人たちがホテルに連絡をしてくれました。ホテルでは、見つけてくれて、取っておいてくれました。ツアーも、いいですね、こんなトラブルのときは・・・。

なんのための警備なの・・・(^^;

会場の警備には、驚きました。
開場2時間前に、制服を着た小隊が、行進をしながら入場してきます。軍隊式に教育を受けているみたいで、小隊長みたいな人があとから付いてきながら、続々とやってきます。

なんか、警備が入るのが遅いですよね・・・日本の常識からすると・・・。
中国では、アーティストは単なる芸人扱いみたいですから、守ろうという発想は無いみたいです。儒教の文化を基準に考えると、たしかにそうした発想は理解できます。

服装を見ると、グレーの制服の人と、カーキ色の制服の人がいます。これらの違いは、グレーが首都警察、カーキが警備会社の人でした。でも、デザインはほぼ同じです。
会場内にも配置されました。配置は、座席ブロックの6列置きに両端に2名づつ、ブロックは、2mおきにひとりづつ座っています。まあ、日本のコンサートの5倍くらい人が出ています。

笑っちゃうのですが、この人たち、最前列で舞台の前に一列になっている人たちを除いて、みんな舞台のほうを向いています・・・なにを考えているのか・・・日本のコンサート警備スタッフは、すべて観客席側を向きますよね・・・。

また、コンサート会場入り口には、金属物探知ゲートが設置され、全員がチェックを受けました・・・書いてみると、すごいな・・・その先の話題も後述していますので・・・。
これまで述べた内容は、事実なのですが、さらに補強する実話を・・・。
ちょっと疑問に思ったのは、リハーサル時のちょっとした光景でした。
私は、早くに着いたので、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)のリハーサル時に会場についていました。もちろん入ることは出来ません。で、会場の周りをぐるりと観て回っていました。この会場はコロシアム形態になっているのですが、周り(といっても同じ建物です)にはいろいろなお店とか、ホテルが併設されているので、珍しかったからです。
で、人だかりを見つけました。なにかと思うと、VIP移送用のリムジンが止まっています。あ、こりゃだれか有名人が出てくるんだ・・・と思い見ていました。周りにはし100人くらいの人だかりで、リムジンは人に埋もれています。日本の常識では、これだけ警備要員がいるのですから、リムジンを保護すると思うのですが、まったくそうした気配は見せません。平気で前を小隊組んで行進しています。興味も無いみたいです。で、中から女性スタッフが出てきました。

「さわらないでよ!」

日本語で叫んでいます。触られちゃったんでしょうかね。また、会場内から男性が出てきて、リムジンまでの道を確保しようとしています。開いた会場のドアは、いったん閉められました。ちょっとしてからまた開き、びんちぃ〜ぶぅ〜(濱崎歩)があらわれました。熱狂的な中国のファンが、彼女に声援を送りました。ある人は写真を貼ったボードを持って掲げています。この間、びんちぃ〜ぶぅ〜(濱崎歩)を守っていたのは、びんちぃ〜ぶぅ〜(濱崎歩)のスタッフであり、中国側の警備要員ではありません。日本の常識では、理解できない世界があることを目の当たりにして、ちょっと興味を持ってしまいました。この、小隊を組んで行進して回る制服のお兄さん達は、何のためにいるのだろうかと・・・。
見ると、この会場の周りは、ここのところ移動遊園地がきていたみたいです。
で、ある程度離れている機器は遊園地として働いていましたが、ある範囲以内は、営業停止にされており、「本日は中止」という感じの張り紙があります。はじめ、ずいぶん厳重な警備と思いましたが、そうであれば、全部営業停止にしても良いような・・・。不思議でした。

入場ゲートの金属物センサーは、なんのため・・・(^^?

いろいろと行進して回っていた制服の人たちは、ある小隊は会場内に、ある小隊は入場ゲートにつきました。入場ゲートには、金属物探知ゲートがありました。
私は、「すごいな、日本ではここまでしてカメラをチェックしないよ・・・国がやると厳重だなー」と感心しました。で、自分が通るときです。私は、ふだん、財布をチェーンでつなげています。ちょっとパンクっぽい格好なんです。ですから、こうしたチェックがあると必ず引っかかってしまいます。ですから、チェーンを外して、係員に渡そうとしてのですが、受け取らず、通れといいます。で、困ったなと思い通ったら・・・なにも鳴りません・・・なんなんだ、このゲートは・・・。
このときに、まだ気付きませんでした。このゲートはカメラなどの金属製品を対象にしたものではなく、もっと重たい金属製品・・・銃等を対象にしていたのであろうことを・・・。
会場に入って驚きました。私の席は、アリーナの最前左端ブロックだったのですが、全体で12ブロックありました。これらのブロックを前からみて3つに区切るようにステージから水平に警備員が2m置きに配置され、観客席にも、平均6列置きにブロックの両側に対して警備員が配置されていました。
見て、ちょっと気が遠くなりました。
この、前後を区切る警備員は、人が通る際にチケットを必ず確認します。
これを見て、ちょっと考え込んでしまったのです。会場内で暴動の計画があるのでないとしたら、この警備はなんなのかなーと・・・。著作権や肖像権を理解できないという悪口に、そんなことない、なにか撮影するようなカメラ小僧がいたら、中国政府の名にかけて阻止する・・・とか、いろいろと考えたのです。
で、席につく過程で、警備の人たちがずいぶんと機械的な指示を受けていることに気付きました。ある距離になるとチケットをチェックしますが、そうでないと、前を凝視しているだけだからです。出来の悪いゲームの敵キャラクタみたいなので、会場内は思ったよりも自由に移動できることに気付きました。

う・・・この警備は、テロ対策だ・・・・

そうなると、時間をもてあましていた私は、あちこち見て回るようになります。いい性格してますよね・・・。
で、ステージ上手に行き、その裏に停車している自動車に気付きました。その自動車は、いつでも出動できるようになっているようです。
よく見ると「防爆○車」(すいません、○の字をど忘れしました)と書いてあります。私は中国語よくわかりませんが、どう見ても「爆発物処理車」です。私は、見た瞬間に思いました。「あ・・・なるほど」。

日本で防爆車と言うと、VIP移送用の特別仕様車なんですけど・・・

一定距離以内の遊園地の設備を休止にさせていること、かなり金属が多くないと反応しない金属探知ゲート、そして爆発物処理車・・・これって、あなた、テロ対策です。たしかに、ロシアではいろいろなテロがあります。ひょっとすると、中国も報道を抑制しているだけで、ずいぶんと行われているのかもしれません。しかし、まあ、コンサートの警備とは、やはりかけ離れています。
でも、このときは、まだ場内警備は、カメラ撮影を制止すると思っていました。

あれ、おかしいな・・・このステージとコンソール・・・ライブできんのかな・・・

警備への疑問が氷解したので、そのまま会場内を見て回りました。
普通ですと近づけない、総合コンソール(ライブの音響と照明を集中的に制御します)にも、すぐそこまでいけました。台に上がって覗き込まない限り、注意されるとは思えませんでした。警備員は横に座っていますが、前を凝視したままでした。壊れたおもちゃみたいです。
で、機器を見ていて、ちょっと気付きました。コンソールが小さすぎるのです。複数のミュージシャンがライブを行うには、この規模でいいようにもは思えませんでした。コンピュータ制御のデジタルコンソールなら可能でしょうが、そうした機器は、だいたいの場合でライブには使いませんし(理由はこちら)、見るからに、ちょっと昔のアナログコンソールです。もっとも、プロ用機器はあまり詳しく無いので、ふーんと思っただけでした。
会場のスピーカー配置は、浜崎あゆみの東京アリーナでの配置と同様で、定石的でした。一箇所に500Wくらいのアンプを4台づつ配置しています。もっとも、設置されている機器の質と規模は、浜崎あゆみのコンサートで動員された機器から遥かに劣ります。それを見て、思いました。「おかしいなー、国家がやっているんじゃないの・・・?」。中国も今は多くのものを輸入してますので、日本に匹敵する設備があるほうが自然です。
で、ついでに舞台を見に行きました。舞台装置は、多くのステップに埋め尽くされており、とてもライブを行うことが出来る感じがしませんでした。ちょうど、1980年代の日本の歌番組みたいな感じです。多くのアーティストがライブで演奏を行うには、ドラムやベースを円滑に移動するために、必然的に舞台設備はフラットになります。そうでない方法をとるならば、かなり大掛かりになります。でも、そうした設備ではありませんでした。「おかしいなー、ライブやりにくそうだけど・・・」

トヨタと全日空のコマーシャル、始まる・・・

会場内を見回り、いいかげん飽きてきたので、自分の席に戻りMDを聴いて時間をつぶしていました。すると、舞台両翼にある大型スクリーンに、全日空とトヨタのコマーシャルが流れ始めました。時間比にして、1:10くらいです。これは、自動的にスポンサーの出資額を示していたりします。
「・・・国家の行事にコマーシャル・・・???」
協賛金が出ていても、日本ではコマーシャルなんて、やらせません。でも、中国のこのコンサートでは、ばんばんやっていました。
これで、また、疑問が氷解した気がしました。
このコンサート、中国政府は、たいしてお金を出しておらず、別に痛くも痒くも無いんです。
膨大なスポンサー費用を日系企業と中国企業からから集め、無料でアーティストを出演させ、その映像は中国中央電視台なんかが、世界中に売りさばく・・・。すべての費用は、政府には影響ありません。ひょっとすると、中国政府は、名前貸しだったのかもしれませんね。でも、大切な国家イベントであることに違いは無いのですが・・・。
中国でのチケットの配布は「無料」ということでしたが、現地で聞くと、指定されたCDを購入するともらえるようになっていたそうです。「無料」は「無料」でも、「無料のおまけ」でした。そして、その「無料のおまけ」を配布する権利を得いてた中国企業は、スポンサーに名前を連ねていた企業です。ですから、中国のスポンサー企業は、実利をコンサートから得ていました。

このへんの詳細については、こちらをご覧ください。

そして、実利を得にくい、トヨタと全日空は、コマーシャル枠を得たのでした。かわいそう・・・かな・・・?

おそらく、全日空はお金を出したのではなく、アーティストの飛行機を引き受けたのだと思います。日本から出演のアーティストは、すべて全日空を使用していましたので・・・。
このへんの詳細については、こちらをご覧ください。

異常な会場運営

コンサートは、中国というか北京ではかなり頻繁に行われているようです。ですから、観客の多くは、大型の双眼鏡を持っていました。日本のコンサートよりも、はるかに高率で持ってきていました。迷彩色のものが多いのが、ちょっと不気味でしたが・・・。
来ている若い人たちも、おしゃれを決めてきています。若い人にとって、コンサートは大切なものとの出会いだからなのでしょう。それは日本も同じで、そう違いが無い光景でした。
ただ、会場内の警備の方法が、私たちからすると異様でした。
制服を着た警備員と首都警察の人たちが、がちがちに警備しているのです。
アリーナ(VIP)席は、約8000席用意されていましたが、全体を前から3層に分割して、その間に2m置きにそうした人たちが座っています。その間を抜けて自分の席に向かうのですが、それ毎にチケットをチェックされます。
チェックすると、「あっちへ行け」という感じで通ってよいと合図します。日本でこんなことやったら、それだけでつるし上げられますねー。
VIP席の観客は、家族で4席つながりとか、ブロックの端でステージ中心がよく見える側に縦に数席とるなど、特殊な席の取り方の人が多かったです。CDを購入して入手できるとは思えない席の取り方です。服装も、外で見た若い人たちとはまったくちがうものでした。
おそらく、これらのいいチケットに関しては、旧来からあるような特権的な人たちが得ていたののではないか・・・という疑いを持ちました。実は、中国の友人が手配してくれていた席もVIP席なんですが、後ろの方のブロックでした。見る限り、アリーナ席の大部分がCDを購入してチケットをもっらた・・・という人ではないようでした。日本でも優先的なチケットの取り扱いはある程度ありますけど、アリーナ席全体というのは、ちょっとねー。
そして、コンサート中にやってくる客は、途切れることが無く、そうした人を誘導する人もちゃんと用意されていました。席も、ブロックの中央に近い方の端を縦に2席用意するなど、普通の方法では手配できないと思われる座り方をしていたのです。私も、そうしたひとりでしたが・・・まあ、日本から行ったのですから、お客さんということで・・・。
また、VIP席は、特権的な席でした。
撮影し放題なんです。中国の人たちは、思い思いにカメラや家庭用ビデオを持ち込んでいて、ステージを自由に撮影しています。私もいいチャンスを残念なことをしました。
そう、この厳重な警備は、アーティストの肖像権を守るためのものではなく、暴動対策用だったのです・・・なにを考えているのでしようね、この国の警備担当者は・・・(^^;

コンサートは、こんな感じ

コンサートは下表のように進行しました。

アーティスト 曲名
藤舎名生+中国側太鼓 開場曲(笛子独奏/威風舞鼓)
零点楽隊 相信自己
愛不愛我
GACKT speed Master
rain
Another WORLD
劉俊 愛我毎一天
劉俊+起凱 広島之恋
毛宇 寿声依旧
了○真似○
酒井法子 微笑
藍色的免子
酒井法子+谷村新司 好日旅行/我只在乎○組曲
孫楠 我○○○○球
I Believe
アラン・タム 像我○○的朋友
夏日寒風/愛情○○組曲
谷村新司 勝利者
far away
(昴のことです)
ココ・リー 刀○旦
月光愛人
真情人
濱崎歩 LOVE
M
HANABI
全員で 主題曲 Jewel/宝石心

ちょっと感想をレポートします。

なんなんだ、このオープニングは・・・

会場は、当然ですが、がやがやとうるさく、人もひっきりなしに入ってきました。
私が座っていたVIP席のあたりは、特にひどい状態です。
そうした喧騒の中で、藤舎名生の笛が始まりました。私はすぐに気付いたのですが、ほとんどの人は気付きもしません。私の後ろのおばさんたちは、なかよく、うるさく、おしゃべりを楽しんでいます。静かにしてほしいと言おうかと思いはしましたが、会場中そうした状態です。言いようがありません。
舞台で演奏する藤舎名生はマイクに歌口(吹くとこです)を一生懸命近づけて演奏していました。これは、マイクを使用したことが無い演奏者がよくやる誤りです。笛の音は管尻(歌口とは反対側の笛の端)から出ます(楽器演奏者は、楽器のどこから音が出ているかをあまり理解していないものです)。ですから、本当は管尻をマイクに近づけなければなりません。もともと邦楽は音の性格の関係でpaになじまないものですので、藤舎名生がPAを使用した経験が乏しく、そうした知識をもっていないことは不思議ではありません。しかし、中国側音響スタッフはそうした初歩的なアドバイスをリハーサル時にしないのでしょうか・・・喧騒とした中での演奏をさせられた藤舎名生の、その舞台での様に、余計に哀れを感じました。
観客の多くがステージが始まったのを気付いたのは、威風舞鼓が始まってからでした。そりゃそうです。舞台を埋める赤い衣装をまとった舞鼓で太鼓を叩いていれば、わからないはずはありません。
こうした異常なオープニングの背景は簡単です。
このコンサートをみている演出家たちは、観客なんてどうでもいいのです。つまり、放送用画像の収録のためのコンサートであったわけです。
なお、コンサート中の人の出入りは、自由にし放題でした。

こりゃいいぞ・・・零点楽隊

音楽らしい開始は、零点楽隊でした。
名前は知っていましたが、はじめて聴きました。
で、なかなか楽しいですね。
いちおうロックなのですが、私の印象は、歌う詩人の会がロックをしているみたいでした。でも、中国にこうした人たちがいるとは思わなかったので、気に入りました。
演奏が終わり、舞台は暗転しました。
私は、驚いてしまいました。
「ライブバンドの切り替え、暗転でやる気なの・・・!」
演出家は、どこにいるのでしょうか・・・(^^;

GACKTのファン、警備員を圧倒す!

暗転した舞台が明るくなり、Gacktのライブがはじまりました。
日本から来ていたGacktのファンが、一斉に立ち上がりました。といっても、数十人ですが・・・。私ものりがいいので、一緒に立ち上がりました。
すると「○×△!」(ごめんなさい、中国語で言っていて意味を想像するだけです)と、でかい声で怒鳴り、座れと身振りをします。こいつら、席を立たないように、制止するためにいたのです。
しかし、でも、日本の女性はたくましいですね。そうした指示を無視して、「GACKT〜」と叫び続けました。はじめ警備員は一部総立ちになったのですが、制止できないと思ったのか、その後、そうした応援は日本人の観客に対しては制止されませんでした。
で、待ってましたとばかり、カメラが飛んできました。
もしも、CCTVの編集した番組で声援を送っている女の子達が写っていたら、それはきっと、日本の女の子達です。
GACKTは北京語でなにか話していましたが、通じたのかどうかわかりませんでした。会場から反応が無かったからです。でも、中国の聴衆の人はあまり反応の仕方がわからないようなので、実際のところはわかりません。また、日本の観客は、どのように応えたらよいのかわからず、黙っていました。
ところで、ライブ演奏は、ここまでで、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)の登場までライブはないのでした・・・大カラオケ大会のはじまりでした・・・4万5千人の聴衆のいる・・・。

大カラオケ大会はじまる・・・

劉俊が登場して、目が点になりました・・・学芸会なんです・・・中学校の・・・(^^;
演出も、信じられない陳腐なものでした・・・あはは。
でも、アラン・タムとかココ・リーは、大芸人という感じで、楽しかったです。
このカラオケ大会には、適当にダンスが入ったりしていました。
谷村新司も、子供達のサポートが入っていました。ま、演出担当でもあったのですから、それっくらいは当然ですね。ただ、谷村家の人たちは演出として入っていたのですが、中国に来たのは21日ですので、きっと名前だけの参加だと思います。
構成のほとんどは、遠い昔の歌謡ショーという感じで、びっくりしてしまいました。
このコンサートで、ライブらしいライブは、零点楽隊、GACKT、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)だけだったのです。
最後のカラオケが終わり、再び舞台は暗転しました。この暗転はちょっと長く、谷村新司が出てきました。
「みなさんお待ちかねの、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)です!」

本物は伝わる・・・

本物は伝わります。
特に、濱崎歩の熱唱は、圧倒的でした。

個人的には、Gacktもこのコンサートの演奏では気に入っているのですが、中国の人は日本や欧米のようなスタイル、いわゆる参加型のコンサートの形態になれていないので、乗り切れないみたいですね。

コンサート前日まで、日中アーティストのくだらない比較記事に終始していた中国の新聞は、コンサートの翌日、濱崎歩の熱唱をたたえる記事で埋め尽くされました。それは、本当の賞賛の嵐でした・・・。それだけの熱唱であったことは、日本の報道をご覧になった方も感じられたとおりでした思います。

実は、帰国後に、たくさんの人から「よかったですねー、あのライブにかるばどすさんが行ってると思ってTV見てましたよー。凄かったみたいですねー」といわれました。まあ、現地に行っていたフジテレビの編集も良かったんでしょうけど(代表取材だったんだと思うのですが)・・・でも、本当に素晴らしい熱唱でした。
ただ、次に説明するみたいなへんな状況もあり、見る側に気が散る点があり、テレビで見たほうが良かったですねー。

ぴんちぃ〜ぷぅ〜もビックリ

北京工人体育場は、北京市で全体では6万人、コンサートで使用しても4万5千人のキャパを誇る大スタジアムです。
ここでは、大型のコンサートが時々開かれています。
ただ、国の大行事ならいざ知らず、コンサートの場合には、いくつか問題もあります。このあたりは、北京の公共交通網であるバスや地下鉄は、夜10:00には終わります。そうした背景があるため、交通機関の集まる天安門広場などであればともかく、ちょっと外れている北京工人体育場では、夜10:00を過ぎた帰宅には、タクシーしか方法が無いのですが、そのタクシーがこの一帯では、ほとんど捕まりません。ですから、コンサートをここで行う場合は、基本的に9:00くらいまでに終わらせる必要があります。そうでないと、帰宅が困難な人が多くなるからです。

日本では、コンサートやると公共交通機関は人が帰るまで特別に運行するですけど・・・おかしいな、日本は資本主義で、中国は社会主義・・・なんか、逆ですね・・・あはは・・・(^^;

中国では、自家用車を持っている人は、さすがにまだ少なく、終了時間はとても大切な要件です。
そうした背景は、北京の人たちには明快なのですが、このコンサートは、はじめからコンサートの終演予定そのものが10:00PM、実際にはちょっと押しました。まあ、ライブですから押すのは当然ですよね。
こうした背景がありますので、このコンサートは、計画そのものに無理がありました。
なぜ、このような無理な計画が行われたのか・・・背景を考えるに、放送が目的であったのだろうと思います。
終わりの時間帯が、観客がいにくくなっても続けられています。事実、トリであったぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)の歌の時間になり、物理的にいることが出来ない人が多くなってしまいました。でも、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)を一目見たくて、我慢して待っていたみたいです。で、一目見てから、よし、もうだめだと帰っていくのでした。かわいそうというか、なんというか・・・。歌を最後まで聞くことは出来ず、心惜しげに帰っています。唯一の足である、公共交通機関の最終時間だからです。

余談ですが、私たち日本人は当然バスを手配していましたが、中国の人たちも大型バスを6台連ねているツアーとか来ていました。同じ駐車場だったもので・・・。見る限り、年齢も行っていますし、威厳もありました。きっと、幹部クラスの人たちばかりみたいでした。中国らしい・・・。

しかし、舞台からそうした光景を見ると、きっと、ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)はビックリですよね・・・・(^^;。自分が歌い始めたら帰る人が出たように見えますから・・・(^^;。ま、かえって熱唱になったので、放送にはばっちりでしたでしょうけど・・・ホテルでCCTVの放送を見たら、歌のシーンが凄かったですから。

このときのぴんちぃ〜ぷぅ〜の気持ちを思って、「ぴんちぃ〜ぷぅ〜もびっくり」というタイトルにしました。

でも、それは序章でした。浜崎あゆみの歌が終わり、全員で歌うときになると、もう本格的に大変です。会場の半分の人はもう帰り始め、そうでない人の一部は、会場の前に押し寄せてきました。そんな状態ですので、私は喜んで、席を立ち前の方に押しかけましたけど・・・(^^)。
アーティストにとっては、客が帰るのに歌うのはたまらない状態ですが、家に帰る方法が無くなる人たちにとっても切実な状態です。つまり、演じるほうも観るほうもたまらない状態なのです。
困らないのは、放送用の画像収録者です。ですから、このコンサートは放送が目的であったのだと考えるようになりました。

コンサート終演後15分・・・もう、会場に人はいない・・・

ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)の時はまだ良かったのですが、谷村新司が用意した「主題曲 Jewel/宝石心」のときは、大変な状態になってしまいました。ぴんちぃ〜ぷぅ〜(濱崎歩)が歌い終わったためでしょう、会場の半数以上の人たちが帰りはじめたのです・・・(^^;
会場の警備陣も、知らん振りしてほったらかしです。
ですから、逆に前に詰め寄る人たちもたくさん出てきました。
私も、前に出て行き、警備員の肩越しに「あゆ〜!」とやっていました。そして、豆鉄砲を食らったように驚く警備員の顔を楽しんでいました。私の声・・・でかいんです・・・(^^)
こんなときに、カメラを持って詰め寄れば、いい写真が撮れたろうな〜

谷村新司以外の日本側アーティストの表情が冴えない「主題曲 Jewel/宝石心」。そりゃそうです・・・この歌のとき、観客席の半分はもう帰ろうとしているのです。この歌ののあと、残った客の拍手の後、三々五々アーティストは舞台の袖に向かいました。でも、CCTVの編集はぜんぜん違うでしょうね・・・お楽しみに・・・(^^;

はじまりも終わりもどうしようもない状態のコンサートでした。
4万5千人が集まったであろうコンサートは、終演15分後には、会場にはほとんど人は残っていませんでした・・・(^^)・・・日本では想像もつかない光景ですね。本当に声を出して、笑ってしまいました。

2002/9/22 22:45 ホテルへ

大型バス2台に分乗してきた私たちは、梅地亜中心(メディアセンター)へ戻りました。
日本旅行の添乗員の人たちのおかげで、ホテルで落としたカメラがもらい、私が宿泊しているホテルへ戻りました。

2002/9/23 空港にて

私は、ツアーでこのコンサートに行きましたが、コンサートの時と帰りの時しか、ツアーの人とは会ったことがありませんでした。帰りに大連で話を、そうしたツアーの方々とちょっとしていたときでした。

「すいません、写真とっていただけませんか?」
「はい・・・!!」

カメラを見て驚いてしまいました。女性の人が私に手渡したのは、使い込んだ光学式一眼レフカメラでした。そうしたカメラを使用している女性は、カメラマンとか報道関係者しか知りませんでした。
GACKTのファンと自称していたこの人、実は、浜崎あゆみにパラサイトしていた単なる芸能記者だったのかもしれませんね・・・・。いい加減な記事を書くなよ・・・ちゃんと空港で交通事情のこと教えてあげたじゃないさ・・・。

2002/10/9


-広告について-

Google
  Web www.calvadoshof.com