Sorry, your browser doesn't suppor Java.

メキシコ/コスメルへの旅 vol I

メキシコ編 No01
2001/7/21〜28,29

はじめに

メキシコ/コスメルへ行くのは、実に10年ぶりになります。
はじめてメキシコに行ったのは、1990年でしたが、コスメルは訪れただけでした。しかし、その訪問で味を占めて、翌年にダイビング仲間をそそのかして、カンクーン/コスメルへのダイビング旅行をしました。

当時はコスメルどころかカンクーンもよく知られておらず、人に話しても反応の得られない時代でした。しかし、この時のコスメルの海の印象は深く、ダイビング仲間もいまだに「また、コスメル行きたいね」と話しています。


この旅行記は、日記式に書いております。
他に、関連した記載が、以下のようにかるばどすほふに用意されています。合わせてご覧ください。

メキシコ 魅惑のセノーテ・ダイビング
メキシコ コスメルでダイビング 2001/7/23〜27
見所情報 チッチェンイッツァ日帰り旅行
見所情報 コスメル島」
旅の記録 メキシコ/コスメルへ発つ 
旅の記録 帰国
「ホテルガイド」
「機内食考」
旅の恥は書き捨て」に
   旅行代理店の手配が悪いのか、ホテルが悪いのか・・・(^^?


2001/7/10 (朝) 夏休みを取るぞ!

なんか忙しい年になりそうな状況になってきました。昨年は夏休みを年末に取ることになってしまいましたので、今年こそはと思いました・・・でも、この日まで取れる見込みがつきませんでした。でも、なんか7月中に取らないと、お休みはどうしようも無さそうなのがわかってきました。

思い立ったら吉日、電話で聴いたら、パラオ行きの便は7月中はキャンセル待ちだけとのこと・・・個人手配は諦めました。

事務所の近くはHISの本社です。そんなに時間が無いので、ツアーでもいいやと思いました。


2001/7/10 (昼) HISのツアー、高くないかな・・・(^^?

どこに行こうかな?と考えていたのですが、日程が押しています。できれば8/15には日本を発ちたいと思いました。で、久々に近場はどうかと思いました。グァム、サイパン、ロタです。グァムもサイパンも何回も行きましたが、ロタは会社の社員旅行中勝手に抜け出して行った1泊だけです。海も2本しか潜っていませんし、有名なロタホールも見たことがありませんでした。

グァムはサイパンよりも都会ですし、遊びにはいい場所なのですが、海そのものは昔のまま、新しいスポットが開発されているというのも、ガセのようでした。サイパンは、ボートダイブの少ない場所なので、極楽ダイバーを自認する私には、面白くありません。グロットに何回も潜ってもしようが無いと思うのでした。

で、HISではロタに絞って話を聞いてみました。

「すいません、急なんですけど17日くらいからロタに行きたいんですが・・・このコースで3泊でお願いします」
「おひとり様ですね、少々お待ちください、便を確認してまいります・・・大丈夫です、取りますね、でも日が無いのでお急ぎ下さい」
「料金はおいくら位ですか?」
「お一人様の場合、一人部屋料金として延泊料金を申し受けますので、6晩分で9万円を加算します。ですから・・・・」
「25万弱なんですね・・・わかりました。スケジュールを確認して、OKならすぐにお振込みしますね」

内心、「やった、遊びにいけるぜ!」と思ってはいたのですが、なんか高いなーという印象もありました。一泊1万5千円も追加しないと一人部屋にならないなんて、不条理に思います。だって、ツアー料金には1部屋の半分の料金が入っているのですから、これでは3人分の費用を払うのと同じになってしまうからです。だいたい、この費用にダイビングは入っていません。1日2ダイブで100USD弱、さらに6〜7万もかかります。じゃ、トータルで33〜35万円・・・高すぎるぜ、HISさん。


2001/7/10 夜 ロタの夢潰える・・・

さて、事務所にもどり数時間、アポの要請がありました。18日に打ち合わせしてほしてとのことです。断ってもいいのですが、断れば次は8月第二週との事、それって仕事でサンフランシスコにいく頃です・・・・つまりロタに行けないって事なのね・・・。

HISにお断りの電話を入れて、ロタの夢は潰えました・・・(^^;


2001/7/13 午前 諦めないぞ・・・

ロタの夢が潰えてから「ま、今年の夏休みは東京でのんびりしようかな」と思っていたのですが、今朝はそうしたい気がしませんでした。で、ロタがだめだったら、もうメキシコにトライしてみようかと思い始めました。ダメ元ですからね。

メキシコと言えば、航空会社はデルタ航空、アメリカン航空、コンチネンタル航空です。デルタ航空は電話で簡単にチケットを買えるので、電話して聞いて見ました。

「あの、19日出発で26日帰国で、成田ーカンクーンは取れますか?一番安いチケットでいくらでしょうか?」
「少々お待ちください・・・取れるのですがお安いチケットは終わりになっております。ペックス正規料金ですが、27万6千円でご手配できます。ただし、往復ともアトランタでコネクションがございませんので、アトランタでご一泊お願いすることになります・・・ちょっとお待ちください、あ、行きについてはソルトレイクシティ経由でしたら深夜にカンクーンにつきます」
「ありゃー、意外と不便なんですね・・・今回は止めときます」
「ありがとうございました。またのお電話をお待ちしております」

という感じで、どうも具合悪そうです。
本当はコスメルに行きたかったのですが、コスメルのホテルは日本からの予約が面倒なので、カンクーンと思いました。しかし、そのカンクーンがこのざまでは、個人手配は無理そうです。そう、こんな時はツアーに潜り込むのがいいんですよね。


7/13 午後 ツアー会社を見つける

何気なしにgooglで「コスメル」を検索したところ、なんとコスメルのダイビングツアーを手配している会社「クラブ・アズール」を見つけてしまいました。そのWebによると、コンチネンタルでその日のうちにコスメルに行ける便があるとのことでした。すでに日も近いのと、デルタ航空の状況からして、自分で手配するよりもお願いしたほうがよさそうです。

で、すぐに電話しました。

「あの、コスメルのツアーなんですが、19日発で2泊延拍で今から間に合いますか?」
「少々お待ちください・・・あ、この日は一杯ですが21日ですと大丈夫ですね。帰りはカンクーン経由となります」
「わあ、うれしいなあ」
「ホテルの手配について時間がかかりますので、明日スケジュールをお出しいたします」
「わ、お願いします」
「emailでEXCELシートでよろしいですか?ファクスがよろしいですか」
「emailでお願いします」

この後、すぐに電話がありました。

「あの、チッチェンイッツァとか行かれませんか・・・有名な遺跡で」
「説明いいです。11年前に行ったんですけど、行ってみたいなー、ホームページによるとセスナで行くんでしょ、お願いします」
「ツゥルムはどうされますか?」
「あんまり変わっていないんじゃないですか?ならいいかなー」
「わかりました、チッチェンイッツァはリクエストが4人を超えないといけないものですから、先に伺うことにしておりました。手配が完了するのは19日ぐらいになりますが、お振込みでお願いします。チケットは事前にお渡しするのがいつもなのですがですが、今回は時間が無いので空港渡しにいたしましょうか?」
「はい、よければ取りに行きます。、代引きでいかがですか?チケットを事前にもらえるほうがいいもん」

で、emailで届いた見積もり、ダイビング込みで33万円、おや、HISの手配よりも安いじゃん、コスメルに行って、観光までついているのに・・・(^^)v これだね!


7/16 コスメル延泊を決める!

クラブアールからの連絡では、ホテルが希望しているコスメル最高のアメリカーナ コスメルが連泊できないとのこと、初日だけではなく(この件は早くに連絡がありました)、カンクーン経由で帰る際もちょっといろいろありそう、で提案を受けたのはあと1泊すると、カンクーンに行かず、コスメル便で日本に帰れるとの事でした。もう、飛びつきました。これで手配をお願いし、さらにコスメルのダイビングを追加・・・ふふふふ (^^)

しかし、このクラブ・アズールは凄い。現地にオフィスをもっているみたいですが、簡単に日本から手配できないコスメルの手配をきめ細かくやってくれまするメキシコでこんな手配をしても大丈夫なのか心配になるのですが、まう生板の上のなんとやら、どっぷり行きます・・・(^^)v

クラブアズールの提案で、最終日は淡水ダイビング、いいじゃん (^^)v


7/18 クラブアズールに行く

チケットを受け取りに、現金をもってクラブアズールに行きました。
場所は、水道橋の近く、私は神保町のほうから行ったので遠回りに゜なってしまいました。

会社は、女性ばっかでした。リゾートを極めるなら、正しいな、そうした感覚が・・・。で、私は共感しちゃいます。

「コスメルは初めてではないんですよねー」
「でも、10年前ですからねー」
「えー、凄いですね、当時だったらコスメルはほとんど知らていなかったんじゃないですか」
「そうですねー、コスメルどころかカンクーンもみんな知らなかったですよ」

こんな感じで話し込んで30分、いいなあ、こういうツアー会社、喜んでお金を払いたい・・・・だって自分で手配するよりも良く考えてくれますもの、最新情報を元にして・・・


7/19 機材のチェック!

私はダイビングを始めてすぐから、ダイブコンピータを使用していました。
それも、統合ゲージ型脚注1ものだけです。13年にわたってですので、徹底しているのですが、初期の頃は奇異な目で見られて困りました。はじめはU.S.DiversのDataScan2、次がDataScan3、そして今使用しているAladinです。この機械ねバッテリーチェックのために、ダイビングのための空気タンクが必要なんですよ・・・(^^;

前日に「明日行くね」と電話していたので、そのままお店に行きました。

もう、このお店とのお付き合いは13年目にはいろうとしています。U.S.Diversから紹介されたお店ですが、オーナーが生粋のダイバーです。へんな話ですが、私の影響からか、オーナーが「楽しみで潜る」という感覚を身に付けたというくらいです。逆に私は、ヘビーなダイビングを教育されたので、世界のどこでも「お前はどこでダイビングを教わったんだ」と驚かれました。で、信頼されて、面白いスポットにガイドしてくれました。でも、サイパンののダイブショップでは女性ガイドから「あなたみたいな潜り方はルール違反です」とか言われました。私からしたら、残圧50気圧でオクトパスをよこそうとするガイドを断るほうが当たり前なんですがねー。女性だけの中で男性が私だけなら、エアーの消費が早いのは当たりまえ、お前こそ、馬鹿じゃないのという世界でした。でも「あほ、PADIしか知らないガイドは、ダイバーをなんだと思っているんだ」と思いながらお詫びしていました・・・(^^;・・・私は生粋のNAUIダイバーなのです・・・管理しないでね、ツアーコンダクターのPADIガイドさん・・・(^^)v もう、二度と行 きませんけど○○○○ドさん。

ダイブコンピュータのファーストステージは、まだバッテリーが生きているみたいです。ならいいか・・・でオーナーといつもの馬鹿話に入ります。

「いいじゃん、コスメルは昔行ったみんなが、また行きたいって言ってんだよ。昨日も吉田さんから電話があって、コスメルの話題が出たんだ」
「へへへ、オレって実行派でしょ」

なんて話初めて

「最近てさ、ダイビングは趣味として下降線じゃないの?」
「そうなんだよー」
「ガイドもインストラクターも経験足りないしさー」
「そうなんだ、ダイビング人口が減っているのに、事故は増えてるんだよ。この前も、大阪でトレーニング中に事故ったんで、訴訟になってる」
「は?、トレーニングで事故って、最悪ジャン。なにやってたの、インストラクター?」
「そうなんだよ、信じられないんだよなー、コスト競争といっても人の命を預かるんだから限度があるよね」
「客も悪いんだろうね、質の判断がつかないから・・・」

こんな調子で2時間話し込んでいました。

「明日さー、ツアーがあるんだけどね、第一ホテルからの依頼でさ」
「じゃ、オレも一緒に行こうか?半年は潜ってないから、手伝うし、ちょうどいいや」
「いや、止めたほうがいいよ、明日は海の日だから混んでるしさ、いいダイビングにはならないよ。本当はしたくないんだけど、この日しか時間がにないっていうからさ」
「若い子は余裕が無いからねー」
「そうなんだよなー、損だよねー、楽しくダイビングしないともったいない・・・」

いやー、夜はふける。でも、新宿のマダムパパから、創立12周年のお誘いが間接的に届きました。12PM過ぎに新宿に出向き、帰宅は5AM・・・なに、お店付き合いも残務の内です。


7/20 残務は・・・終わるのか・・・(^^?

もしもこの日の努力が足りないと・・・コスメルにはいけそうも無い・・・なんて言っても、がんばっちゃうんですよね。

なんだかんだで、午前2時に一区切りがつきました。


7/21 直前まで仕事・・・(^^;

起きてからは荷造りを先にしました。さすがにやばいと思ったからです。

続きは以下のページをご覧ください。

2001/07/21 旅の記録 メキシコ/コスメルへ

7/21 コスメルに着いたぞ!

コスメルについた時間は、もう午後9時直前でした。日本を発って26時間です。

コスメルの時間は、ヒューストンと同じです。ヒューストンで購入した腕時計、時間を直さずにそのまま使用できます。

現地では、現地添乗員の藤田さんが待っていてくれました。空港で、シャトルに乗せてくれてから、自身はスクーターでホテル(CASA MEXICANA)に先回りしてくれました。ホテルでは道の反対側で私が下ろされたので、藤田さんが「すいません」とわびてくれました。私はもうメキシコモードなので、気にしていませんでしが・・・。

現地の添乗員の方が若い女性の方だったので驚きましたが、ひょっとしてクラブ・アズールって女性社員だけなのかなあ・・・。10年前だと、女性だけで暮らすにはメキシコは危ないという記憶があったのですが、今は急速に現代化しているのかもしれませんね。

後日談ですが、男性社員がメキシコに1名、ロスに1名いらっしゃるそうです。

藤田さんはもうコスメルで4年目とのことでした。日本語の話し方からして、学校を出てからはじめての仕事ではないでしょうか?

メキシコはスペイン語の国でして、海外の客が少ない場所になると、英語はなんの役にもたちません。もっとも、今のコスメルのホテルであれば、大丈夫みたいですね・・・昔は無理でしたけど・・・。ですから、スペイン語ができる人の支援、必要です。私のスペイン語は「ウノ セルベッサ パルファボーレ(ビール一本お願いします)」くらいなのです。あ、スペイン語の内に入らない・・・お粗末さまです・・・(^^;

藤田さんから説明を受けて、いろいろとバウチャーをもらいます。なんか、要所要所では、手伝ってくれるみたいで、助かりました。

翌朝は、6:45にコスメル空港に行く必要があります。11年ぶりのチチェンイッツァの見物です。

ホテルの朝食は7:00PMからですので、食べることができません。ということは・・・・ふふふ、10年ぶりにコスメルの街へ繰り出すのです・・・晩御飯を食べに・・・(^^)v

見所情報 コスメル ダウンタウン 夜

なかなか良いお店で、とてもおいしかったです。

コスメルのダウンタウンにはお店がたくさんあるので、楽しいですね。

明日の朝が早くなければ、クラブにでも出向いてたっぷりとお酒を飲むのですが、朝6:00には起きている必要があるので、早々にホテルに戻ることにしました。


7/22 11年ぶりのチッチェンイッツァ

朝6:45には、コスメル空港に行く必要がありました。もっとも、時差がたっぷりあるので、朝4:00には目がさめてしまいした。

私はメキシコに11年前と10年前に訪れており、11年前にはチッチェンイッツァに泊りがけで訪れています。ですから、11年ぶりのチッチェンイッチァということになります。

詳しい旅は、

見所情報 チッチェンイッツァ日帰り旅行

をご覧ください。

ホテルには2:00PMには戻ることができますので、とっても時間的にお得です。バスですと、戻りは深夜になると思います。

7/22 CASA MECICANA チェックアウト

旅行業者がホテルに頼んでくれたので、チェックアウトは午後3時でした。
ホテルに戻ったのが約2:00PM、シャワーを浴びて荷造りして、次のホテル FIESTA AMERICANA COZUMEL DIVE RESORTに移動しました。

チェックアウトの際にホテル側がバウチャーを無くしていましたので、カードにチャージしたいと言ってきました。で、きっぱりと断ったら、わかりましたとのことでした。ま、メキシコですから、トラブルのうちにも入らない・・・かな・・・(^^?

7/22 ホテルのプライベートビーチでうたた寝

チッチェンイッツァから戻ったのが午後2時でした。
荷物を整理して、午後3時ごろからホテルのプライベートビーチでうたた寝しました。

いいでしょ

よく考えてみると、この時間は日本の深夜です。
うたた寝というより、本当に寝てしまいしました。
日陰にいて、良かった・・・日焼けで大騒ぎになるところでした。

もう日暮れ

晩御飯はホテルで取ることにしました。

テキーラ

メキシコ式では、レモン(日本ではライムに相当します)をカブッとかんで、一気に飲み干します。

7/22 夜 ホテルのちょっとおしゃれなレストラン

FIESTA AMERICANA COZUMEL DIVE RESORTには2つのディナーが取れるレストランがあります。2Fにあるレストランが高級そうなので行ってみました。

詳細は、こちらをご覧ください。

La HACIENDA MIRAMAR :高級メキシコ料理(メキシコ/コスメル)

この日は、XXを4本と、テキーラ2杯を頂き、ぐっすり寝ました。

でも、時差の関係で午前3時には目がさめちゃうんですけど・・・

しようが無いですね

7/23 朝 ファーストダイブ!

ついに10年ぶりのコスメルのダイビングです。

ダイビングは、ホテルの前にあるDIVE HOUSEです。

ツアーをお願いしたクラブアズールと提携関係にあります。

このDIVE HOUSEには日本人ガイドがいるとの事でしたが、20日に日本に帰国していました。一時帰国というよりも、契約完了による帰国のようで、23日は後継予定のインストラクターの女性と一緒に潜ることになりました。

朝食は、DIVE HOUSEの隣にある、Reef Beach Clubです。
食事のスタイルは、ビュッフェ形式、好きなだけ食べることができます。

私は写真の内容のほか、たっぷりのフルーツにヨーグルトをかけて頂きました。

写真の右側のお皿に持ってある肉料理はメキシコ風にスパイシーに調理されたチキンで、メキシカン・チキンと現地では呼んでいました。結構いけますよ。

No.1 名無しのポイント

No.2 チャンカナ・ノボレス

ダイビングの終わった時間は、1:00PM、結構遅めです。

なんか、結構疲れたので、部屋に戻ったら、そのまま寝てしまいました。時差から考えると、当然かもしれませんね・・・うっかり海岸で日光浴をしながら寝ると、日焼けどころか全身やけどになるので、結構懸命な展開でした。

7/23 夜 ホテルのビュッフェスタイルの晩御飯

折角のリゾートホテルなので、ホテルで晩御飯を食べることにしました。

昨日のちょっと高級なレストランは、食べでが無いので、ビュッフェ形式のレストランに行くことにしました。

詳細は以下をご覧ください。

TOROPiCAL FOREST :アメリカ式ディナービュッフェ(メキシコ/コスメル)

2001年7月25日 朝 ダイビング2日目

この日は、朝食無しにしました。
ちょっとお水を取りすぎて、お腹の調子が・・・

No.3 沈船ダイビング

No.4 ユカブ(Yucab)

2001年7月25日 昼 ダウンタウンへ

昨日の晩御飯が、ちょっと高価でがっかりしたので、ダウンタウンへお昼を頂きに行きました。片道タクシーで49ペソ、600円くらいです。高いなー。

街にはたくさんのお土産物屋さんがあります。写真はライブ・パフォーマンス付きのお店で撮影したもので、人通りのない街に向かってライブをしているところです。私も入りましたが、アメリカ人の客も入ってきたので、無駄ということはないと思います。

ダウンタウンの様子は、こちらをご覧ください。

見所情報 コスメル ダウンタウン 昼

いろいろとお店を見て、こちらのお店で昼食を取りました

LA MISSION :メキシコ料理 (メキシコ/コスメル)

2001年7月25日 夕方

ホテルに戻ってきたら、睡魔が襲ってきました。
で寝たら、夜中に目がさめました・・・ま、遊びだから、これでいいや・・・

2001年7月25日 夜中

皆さんが見ているページを書き始めました。

よく考えてみたら、こちらにいる間に書かないといけない資料が、いくつもあったな・・・ダイビングをキャンセルしたほうが賢いような気もしてきました・・・でも、しない・・・(^^;

2001年7月25日 午前中

昨日とは逆に、しっかりと朝食を頂きました。お腹の調子が悪い理由は、食事の取り方のせいだと思うようになりました。これは、当たりで、体調が一気に戻りました。

この日は、DIVE HOUSEの新しい日本人インストラクターになる予定のAKIKOさんが一緒に潜りました。コスメルに来て4日間、ちっともちゃんと対応してもらえず大変だったそうです。

今日は、ダイビング後に面接があるそうです。

No.5 サンタ・ロサ

No.6 ユカブ(Yucab)

2001年7月25日 昼食

ひょっとしたらまだAKIKOさんいるかなと思い、DIVE HOUSEにいったところ、ギアの後片付けをしていましたので、お昼に誘いました。

あまり知られていませんがレジャー・ダイビング関係の仕事はオーナー以外はちっともお金にならないのでお昼代だけでも浮くと助かるだろうなと思ったからです。

ダイビング終了後の面接で、当面見習ということで、ビザの兼をまず片付けようということになったそうです。よかった、よかった・・・(^^)v

お店としてはAKIKOさんに頼むしかないのですから、私はお店としては無条件だろうなと思っていました。

AKIKOさんのウェットスーツはオーストラリアの有名なメーカーのものですし、髪の毛は海のための自然な脱色ですので、オーストラリアで潜っていてこちらに来たのははじめて見た際に、すぐにわかりました。ゴールドコーストでインストラクターの資格をとり、遊びのダイビングを覚えるため (ほとんどの客は遊びなのですから、プロとして大切なことです) 、ケアンズに行っていてこちらに来たそうです。4月に履歴書を送っていたのに、返事が無くて困っていたそうです・・・(^^)。他のお店にも履歴書を送っていたそうですが、オーナーがいないとかでちっとも対応してもらえず来てから4日間は気疲れしたそうです。メキシコだからと、私は話してしまいました・・・(^^;

返事が無いのに来たので、お友達からは無謀と言われたそうですが、いえいえ、一番正しいやり方をしていると思います。emailや手紙で済むことなんか、世の中いくらもありはしません。私みたいなコンピュータ業界だって、直接会わなきゃ仕事は進まないのですから・・・。

食事はReef Beach Clubでとりました。シーフード・グリルを頼みましたが、写真は撮りませんでした。値段の価値は、ちょっと無いかな、この食事。シェフのお勧めではあったのですが・・・・。

四方山話で3:30PMまで話し込んでいました。

2001年7月25日 夕方 プライベート・ビーチにて

明日はホテルを移動しますので、プライベートビーチでのんびりすることにしました。

2:00PMの強い日差しの下では、ちょっと外に出たくないのですが、4:00PMを過ぎてからの時間でしたので、サンオイルも使わずに、気持ちよくごろごろしていました。

 こんな感じでした

 私の寝そべっているところからの写真です

2001年7月25日 夜

晩御飯はスキップして、寝ることにしました。

夜中に目が覚めて、昨日に続いて、残りのホームページを書き上げました。

ダイビングの記録を書いていて気付いたのですが・・・ダイブコンピュータが見当たりません。あはは、見つからなければ、明日からは仕事だ・・・(^^;


2001年7月26日 午前〜昼

今日のダイビングはホテルを移動してからのダイビングです。午前中はのんびりして、12:00AMにホテルをCOSTA CLUBに移動しました。FIESTA AMERICANA COZUMEL DIVE RESORTチェックアウトの際に些細なよく体験するトラブルがありました。

1:00PM、DIVE HOUSEからピックアップの船がきました。

COSTA CLUBの桟橋は、ちょっと安っぽいので、船のほうがだいぶ立派に見えます。

一緒に待っている人がいたのですが、その人を迎えに来た船は、漁船みたいな小さな船でした。よくわかりませんが、COSTA CLUBで手配するとそうした船のショップなのでしょうか・・・。ダイビングの内容はいざ知らず、遊びの際には、船は立派なほうが気分よいと思います。

船は、DIVE HOUSEに行き、ガイドと他の客5人が乗ってきました。人数が少ないので、ガイドはリクエストを聞いてくれました。アメリカ人の客が
「コロンビア!」
と言ったので、即決となりました。

No.7 コロンビア・ディープ

無限圧潜水ぎりぎりのダイビングでしたので、ガイドは「2本目も潜りますか?」と聞きました。私に聞いてくれれば、「もう、十分」と答えたのですが、アメリカ人のグループですから「是非!」となりました。

No.8 コロンビア・リーフ

さて、ダイビングが終わりコスメル島を見ると、結構激しく雨が降っています。

この時期のメキシコは、すでに雨季ですので、1日の間にちょっとはお湿りがあるのですが、これは豪雨っぽいなーと思い写真に撮りました。

船がDIVE HOUSEに近づくと、ホテルの近辺も凄い雨です。

船の操縦席には雨除けが無いので大変ですね。

一緒に乗っていた人たちも、はじめは「シャワーだ」と喜んでいましたが、さすがに、屋根の下に移ってきました。

船がDIVE HOUSEに着いて、私をCOSTA CLUBに送ってくれる際には、雨はやみ、晴れてきました。

この写真は、COSTA CLUBの桟橋にDIVE HOUSE IVが到着する頃のものです。

今回のダイビングで、やっとコスメルに来ているという実感をたっぷりと味わいました。

ところで、船が戻る際にスタッフやガイドと話していたのですが、明日予定しているセノーテ・ダイビング、なかなか面白いそうです。

なんか、楽しみになってきました。実は、仕事が大分残っているので、場合によってはキャンセルして仕事をしようかなー、なんと思っていたからです。もう、こうなれば、ままよ!、ということで、仕事は・・・・忘れることにしました・・・明日のセノーテ・ダイビングが終わるまでは・・・ははは・・・(^^;

ホテルに戻った時間は、6:00PMです。

2001年7月26日 夜

ホテルでダイビングギアを洗って干してから、夕食に出かけました。
明日は朝早いので、朝食は食べられそうもありません。ですから、たっぷりと晩御飯を食べることにしました。

COSTA CLUBとダウンタウンの距離がわからないのですが、そう遠くないと思い、歩いていくことにしました。

途中にでかいスーパーがありました。入ってみたのですが、いやー安い・・・。

カップヌードルでも1つ4メキシコペソ、菓子パンが8個で10メキシコペソ、私が日本で瓶詰めを500円で買っているハラペーニョにいたっては、2.8K缶で10メキシコペソ・・・。

ここの料金を見る限り、リソートホテルは100倍の値段をつけているのかな・・・。あ、日本も結構差が開いていますね・・・(^^;

結局、ダウンタウンまでは、約20分でした。

ダウンタウンの端にはメキシコ海軍の支所があり、その隣は、夏オープン予定と看板の立っているショッピングセンターの建設地です。建設具合から見る限り、年内にオープンすればいい方じゃないですかねー。やっぱメキシコだから・・・。

この建設中のショッピングセンターができると、一番近いホテルはCASA MEXICANAになります。あと、日本で知られていない、バラクーダホテルですかね。海軍支所の隣にあります。

食事は、場所がいいので一度は入ろうと思っていたお店にしました。

PALMERAS : メキシコ料理 場所が抜群にいいお店(メキシコ/コスメル)

今日もXX(ドス・エキス)を2本頂きました。大分潜った後のアルコールは、本当はダメなんですよね脚注2。明日は飲まないようにしよう。

ホテルに戻るのはタクシーにしました。

一気に寝てしまいました。

2001年7月27日 4:00AM

お酒を飲んだ翌日は、目覚めが早いんです。
今あなたがお読みのページ、この時間から書き始めました・・・(^^)v

本当は仕事しなきゃいけないんですが・・・ま、いいや・・・(^^)v

ここまで書いたら6:30AM、ホテルに頼んだモーニングコールがなりました。よし、セノーテ・ダイビングの準備だ!

2001年7月27日 7:00AM

朝早いため、ホテルでの朝食はあきらめ、7:00AMにホテルを出ました。
昨日に寄った、フェリー乗り場のお向かいにあるPALMERAS朝食をやっていることを知ったからです。あんの定、やっていました。

この日の私のオーダーはフレンチトーストとトマトジュースです。
トマトジュースの色は、日本のものよりも赤が渋く、トマトケチャップを連想させます。味は濃厚でした。

レモンがいつもつくのは、メキシコらしいですね。ビタミンCが補給できるので、ビタミン剤を飲まなくても、そんなにお肌は荒れません。

運がいいぞ、MEXCICO IVだ

朝食を終えてフェリー乗り場に行きちょっと待っていると、藤田さんが来ていてくれました。プラヤ・デル・カーメン(Playa del Carmen)までの往復のチケットを買って私にくれて、いろいろと説明してくれました。プラヤ・デル・カーメンのフェリー乗り場の左側にあるバーで9:15に現地ダイビングサービスと待つ合わせだそうです。

乗るフェリーですが、昨年周航した高速なMEXICO IV, Vのうち、MEXICO IVでした。この船は高速で、コスメルからプラヤ・デル・カーメンまでを20分強で結びます。

フェリーといっても、自動車を載せないので連絡船です。

この船はカタマラン(双胴船)になっています。

航行中の揺れは大変少なく、快適そのものですし、騒音もほとんど感じません。日本の技術でできているのかなと思いましたが、室内の椅子の構造からして、アメリカ製かヨーロッパ製だと思います。

プラヤ・デル・カーメンも10年ぶりです。

私の記憶では、フェリー乗り場の近辺に建物が10件程度、あとは駐車場と、その周りのちょっとした古い民家というものでした。藤田さんからは2000年でメキシコでもっとも開発が進んだ街ですと教えてもらっていました。

着いて驚いたのですが、地形は記憶どおりですが、全く違う街になっていました。

もう、近代的な観光都市です。カンクーンの延長として、高級リゾートとして発達したのが良くわかります。また、ドイツのツアー団体にドイツ語で説明しているグループがあったりして、もう、立派な国際観光都市となっていました。

ここで時間をつぶして20分、ダイビングサービスのピックアップを受けました。続きは以下をご覧ください。

メキシコ 魅惑のセノーテ・ダイビング

メキシカン・カリブは変わらず・・・

ダイビング・サービスの配慮のおかげで、プラヤ・デル・カーメンには2:40PMに着きました。余裕です。

フェリーの待合所も立派なマヤ式建築になっていました。その立派さに驚きながら、海を見たら、10年前の記憶のままです。美しいカリビアン・ブルーを見て、昔のままだということがわかりました。人の街は進歩したけれども、メキシカン・カリブは、昔のままの外見を留めてくれていました。海の中の印象は違っていましたが、これはうれしいことでした。

こいつら、どういう神経の構造しているのかな?

フェリーで戻る際に、ちょっと不愉快な体験をしました。

韓国人親子が数家族、コスメルに向かうのですが、信じられない放任主義なのです。波止場に着いてから、船員が上陸用桟橋のう受け入れ台の用意をしようとしても、この家族の連れてきている子供たちが接岸口から動かず、船員がどうしようもありません。いっしょう懸命船員がどかそうとしても動きません。親は、見てみぬ振りです。相手が日本人なら私が頭をこずいて動かすのですが、相手は韓国人、たちが悪いのでだまって見ていました。日本人だというだけで意味も無く、くってかかる連中です。多勢に無勢、なにをされるかわからない連中と思ったほうが安全です。やっと船員が苦労して子供をずらした距離が約50cm、かろうじて桟橋を接続しても、子供たちはそのまま動きません。どんどん人が下船しても、いちばん邪魔な位置に立ったままです・・・!! 日本の子供でもここまで馬鹿は見たことがありません。みんな迷惑そうに避けて下船します。私もそうしましたが、あんまり非常識なので、荷物で頭をぶっ飛ばしてやりたくなりました。時々、この国の人たちの態度を偶然居合わせてしまうと、同じアジア人として恥ずかしいと感じることがときどきあるのですが、今回も同じ思いをしました。メキシコ人からも、恥ずかしい奴らと思われたと思います。子煩悩なメキシコ人だって、こんな放任しないもの。

こんなこと書くと、言いがかりだとか抗議するんだろうけど・・・事実だもん、写真も撮っとけば良かったな・・・。

韓国人の名誉のために述べると、親はしっかりしていました。私の足をゆれる船上で踏んだとき、ちゃんと誤りましたもの。あんまり痛かったので、返事をしなかっのですが、誠意をもって謝ってくれていました。でも、この場合、子供の教育はどうかな・・・そこが問題です。

ホテルでは、荷物を干して、お休みなさい・・・(^^)v

ホテルでは、いの一番にダイビング・ギアを干しました。
なにしろ、セノーテ・ダイビングとは淡水ダイビング、ギアの水洗いは完全に完了している・・・はずですよね・・・(^^;

ギアの干し方が悪いと、荷造りに影響するので、大切です。
幸いに、昨日と打って変わって、今日は快晴、ばっちり乾きそうです。

寝たのは19:00PM、目が覚めたのは12:00PM、私には十分な睡眠時間です。続きは以下をご覧ください。

旅の記録 帰国

日本についたぜ!

日本への便は順調でした。

空港を出るのもスムーズです。コンチネンタルのマイレージがたまったお陰でなっているエリート会員なので、荷物が先に出るからです。

実は、今回のバゲッジ、33Kgもあるものですから、もって歩きたくありませんでした。で、成田空港から宅急便で送ることにしました。こんなサービスがあるのは、日本だけかな・・・(^^)

私の家は山手線の大崎ですから、電車で帰るのが簡単です。成田エクスプレスの指定券を買い、日本を離れていた際に出ているモーニングを買いました。いつも購読しています。

で、成田エクスプレスが東京に近づいてきて、時間は6:00PMになろうとしていました。

実は、いつも海外にちょっと行っていると、銀座に必ず寄る癖があります。銀座のような街は世界的に珍しく、日本の華を感じさせてくれます。寄ると、日本に帰ってきたという実感があるんですね。この日は日曜日、いつも行く飲み屋さんはお休みです。

「どうしようかな・・・時間も早いし・・・あ、宮崎アニメ 千と千尋の神隠し 上映中ジャン。行っちゃえ」

ということで、映画鑑賞になってしまいました・・・あはは・・・性格が出てますね、こういう展開

知らなかった、DLPだったんだ、千と千尋の神隠し

実は、私は最近映画を見ないほうでした。

その理由は簡単です。

私の感覚では、絵が汚く、音が悪いからです。

自宅で見ているほうが遥かに素晴らしいので、作品の印象が悪くなってしまうからです。

今回は、気まぐれで有楽町に下りたものですから、どこで上映しているかわからなくて初め迷いました。日比谷スカラ座1でやっている事がわかりました。改装後に行くのは初めてです。そういえば、ヘビーメタルも改装前のここで何回も見たなー。

映画館で見ていて、広告を見ながら、その画質と音の悪さから、「やっぱり来るの止めれば良かったかなー」と思ってしまいました。

しかし、本編が始まって驚きました。日本映画でDLP(Digital Light Pprocessing)シネマがあるなんて知りませんでしたし、なんと、この映画が初の日本映画のDLPシネマ作品でした。そして、私の入った映画館が数少ないDLPシネマを上映できる映画館だったんです。

絵の綺麗さと、旧来の映画館の質を超える音に、感心してしまいました。ちょっとDLPの画面解像度足りないかなー映画には・・・と感じるところもありましたが、ぶれないで写る画像というだけで、すごく安心しました。DLPシネマとか、それに類するデジタル映画が増えるなら、映画館もいいかな。

録音も良かったです。ちょっと聴いただけで、映画用の録音ではなく、ホール録音だとわかりました。また、最後に歌われる木村弓の主題歌もいい録音でした。映画館でこのように聴けるなら、大したものです。

作品は、実に良かったです。感心してしまい、口を開けて見ている私に呆れながら、心から楽しませてもらいました。宮崎さんが得意な迷宮的な構造のお風呂屋さんの設定にも感心してしまいました。八百万の神も、大変ですね・・・(^^)

映画が終わって9:00PM、大崎についてから空腹をつけ麺大王で癒して、メキシコの旅は終わりました。


脚注1

ダイブコンビュータに、空気圧力計が統合されているタイプをいいます。このタイプは正確な残圧の表示と、呼吸速度に基づいた潜水可能時間の表示ができます。私は、はじめはアナログ・ゲージを使用していましたが、全く信用できないその精度から心の底から怒りを覚えて、統合ゲージに移行しました。もう12年以上昔で、当時はダイブ・コンピュータを利用しているだけでも珍しいのに、統合ゲージ型を使用していたので、いろいろなダイバーの人から驚かれてしまいました。

脚注2

潜水中は、水圧と同じ圧力の空気を吸います。この際に、血液中に空気、特に窒素が溶け込みます。この量は圧力により決まり、水圧の高い場所ほど多くの窒素が溶け込みます。多く溶け込んだ窒素は圧力が低くなると、気体に戻ります。つまり、血液中で気体になる、血が泡だってしまうわけです。その結果、血管を窒素の泡が塞ぎ、血が通わなくなり麻痺したり痺れてしまうのが潜水病で、それを放置するば血が通わない組織は壊死してしまいます。

ところで、そのような極端な状態にならなくても、血液中には小さな窒素の気泡ができます。これをマイクロバブルといいます。このマイクロバブルの量を計算して予測するのが現代のダイブコンピュータの基本となっています。

このマイクロバブルも毛細血管にとっては影響があるのではないかといわれています。その場合に、アルコールを摂取すると、マイクロバブルが毛細血管の奥に入るため、悪い影響があるのではないか・・・といわれています。そのため、ダイビング後、特に減圧停止を必要とした場合などは、アルコール摂取はマイクロバブルが消失したと考えられるまで禁止と、言われています。ま、あんまり守りませんが・・・(^^;


-広告について-

Google
  Web www.calvadoshof.com